時間外・休日に働く場合
労働時間とは、始業時刻から終業時刻までの時間から休憩時間を除いた時間をいいます。
労働時間の長さは、週40時間(特例措置事業場では44時間)以内、1日8時間以内に制限されています(法定労働時間 労働基準法(以下「労基法」)32)。
*なお、一定の条件のもとで法定労働時間の枠を柔軟化する制度として変形労働時間制があります。
また、休日とは、労働契約で労働義務がないとされている日のことをいいます。使用者は労働者に毎週少なくとも1回、あるいは4週間を通じて4日以上の休日を与えなければなりません(法定休日、労基法35)。
使用者が法定労働時間を超えて労働者を働かせる場合や法定休日に働かせる場合には、あらかじめ過半数を組織する労働組合がある場合にはその労働組合との間又は労働者の過半数代表者に、「時間外労働・休日労働に関する協定」を締結し、労働基準監督署長に届け出なければなりません(労基法36)。この協定は労基法第36条に規定されていることから、「36協定(サブロク協定)」と呼ばれています。
また、使用者が労働者に時間外労働・休日労働をさせた場合には割増賃金を払わなければなりません。
36協定は適正に結ばれていますか?
使用者は、時間外労働・休日労働を行わせるためには、労働者の過半数を組織する労働組合又は労働者の過半数を代表する者との間で、書面により36協定を締結しなければなりません。
事業場に労働者の過半数で組織する労働組合がない場合は、労働者の過半数を代表する者(過半数代表者)を選出し、労働者側の締結当事者とする必要がありますが、過半数代表者になることができる労働者の要件と、正しい選出手続きは、下記のポイントのとおりです。過半数代表者の選出が適正に行われていない場合、36協定を締結し、労働基準監督署長に届け出ても無効となります。
36協定は所轄の労働基準監督署長に届け出なければなりません。
(1)36協定において定める労働時間の延長の限度等に関しては、労基法で定められていて、その上限を超えた時間を協定することはできません(時間外労働の上限規制)。
①限度時間(労基法36③④)
時間外労働は原則として月 45 時間以内、年360 時間以内(1年単位の変形労働時間制が適用される労働者については1か月 42 時間以内、1年 320 時間以内)としなければなりません。
②限度時間を超えて労働させる場合(労基法36⑤⑥)
臨時的な特別の事情があって労使が合意する場合(特別条項)には、①の限度時間を超えて労働させることが可能ですが、その場合でも次の事項を守らなければなりません。
③時間外労働及び休日労働の限度(労基法36⑥)
36協定で定める時間数の範囲内であっても、時間外労働及び休日労働の合計の時間数については、1か月100時間未満、2~6か月平均80 時間以内としなければなりません。
(2)時間外労働上限規制の適用の猶予・除外
①上限規制の施行は、2019年(平成31年)4月1日ですが、中小企業に対しては1年間猶予され、2020年(令和2年)4月1日からとなります(働き方改革関連法附則3)。
②次の事業・業務については、2024年(令和6年)3月 31 日までの間、時間外労働の上限規制の適用が猶予されています(労基法附則139~142)。
③新たな技術、商品または役務の研究開発業務については、上限規制の適用が除外されています(労基法36⑪)。
・時間外労働の上限規制わかりやすい解説
https://www.mhlw.go.jp/content/000463185.pdf
・36協定で定める時間外労働及び休日労働について留意すべき事項に関する指針
https://www.mhlw.go.jp/content/000350731.pdf
時間外労働・休日労働協定については、就業規則やその他各種の労使協定と同様に、常時各作業場の見やすい場所への備え付け、書面を交付する等の方法により、労働者に周知する必要があります(労基法106)。
36協定届の新様式の記入例は、厚生労働省ホームページでご覧ください。
・「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」について
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000148322_00001.html
時間外・深夜・休日に働いた場合に割増賃金は支払われていますか?
時間外や深夜(午後10時〜午前5時)に労働させた場合には1時間当たりの賃金の25%以上増し、法定休日に労働させた場合には1時間当たりの賃金の35%以上増しの割増賃金を支払わなければなりません。
また、1か月に60時間を超える時間外労働の割増率は、50%以上増しとなります(当分の間、中小企業には適用が猶予されています)。
※働き方改革関連法(平成30年7月6日施行)により労働基準法が改正され、中小企業に適用されている割増賃金率の猶予措置は2023年(令和5年)4月1日に廃止されることになっています。
*割増賃金率
*割増賃金を算定するに当たって除外される手当
割増賃金を算定するに当たって除外される手当は、①家族手当、②通勤手当、③別居手当、④子女教育手当、⑤住宅手当、⑥臨時に支払われた賃金、⑦1か月を超える期間ごとに支払われる賃金のみです。
①~⑦は、例示ではなく限定的に列挙されているものです。これらに該当しない賃金はすべて算入しなければなりません。①~⑤の手当については、このような名称の手当であればすべて割増賃金の基礎となる賃金から除外できるわけではありません。
家族手当、通勤手当、住宅手当について、除外できる手当の具体的範囲は下表のとおりです。
割増賃金を計算してみましょう!
下記の例は割増料金の計算方法です。これにあなたの時給(月給制の場合は例3)を当てはめて割増賃金を計算して、法定どおりの割増賃金が支払われているかどうかチェックしましょう。
例1時間外労働、深夜労働の割増率
所定労働時間が9:00から17:00、翌日5:00まで働いた場合(休憩時間1時間)
例2法定休日労働の割増率
9:00から24:00まで働いた場合(休憩時間1時間)
例3月給制の場合の割増賃金の計算方法
月給制の場合、1時間当たりの賃金に換算してから計算します。
月給額(各種手当を含んだ合計)÷1年間における1か月平均所定労働時間数=A円
A=1時間当たりの賃金額
*この金額にそれぞれの割増率を掛けて1時間当たりの残業代を計算します。
【具体例】
※次の手当は原則割増賃金の算定基礎から除外します。
①家族手当、②通勤手当、③別居手当、④子女教育手当、⑤住宅手当、⑥臨時に支払われた賃金、⑦1か月を超える期間ごとに支払われる賃金。
ただし、これらの手当は名称ではなく実質によって判断します(例えば、住宅手当の名目で、全員に一律で支払われている場合には、その一律部分は算定基礎に含めます)。
*端数処理
1日の労働時間は1分単位で計算しなければなりません。端数を切り上げることは問題ありませんが、切り捨てることはできません。ただし、以下の端数処理は認められています。
端数が生じた場合 | 処理の仕方 |
---|---|
1箇月間の時間外等の労働時間数の合計に1時間未満の端数がある場合 | 30分未満を切り捨て,30分以上を1時間と切り上げて処理する |
1時間当たりの賃金額および割増賃金額に1円未満の端数が生じた場合 | 50銭未満の端数を切り捨て,それ以上を1円に切り上げる |
1箇月間の時間外等の手当の合計に1円未満の端数が生じた場合 |
*歩合給制の割増賃金計算
歩合給制とは「出来高払制」「請負給制」ともいい、「売上に対して◯%、契約成立1件に対して◯円」といった一定の成果に対して定められた金額を支払う賃金制度のことです。歩合給制であっても法定労働時間を超えて労働した場合は、その部分について割増賃金が必要です。
歩合給制の場合は、歩合給の額を総労働時間で割って1時間あたりの賃金を計算します。
(注)歩合給の場合には、1.0の部分は既に歩合給の本体に含まれているために、この数字は、1.25ではなく、0.25となります。
*時間帯ごとに時給が異なる場合の割増賃金計算
時間帯ごとに時給が異なる場合は、時間外労働が発生した時間帯で決まっている賃金額をもとに割増賃金計算を行う必要があります。
*割増賃金はすべての労働者に適用されます
この割増賃金は雇用形態に関わらず、すべての労働者に適用されます。派遣社員、契約社員、嘱託社員、パートタイム労働者、アルバイトにも割増賃金を支払わなければなりません。
なお、派遣社員の時間外労働、休日労働、深夜労働の割増賃金は、派遣元に支払う責任があります。
振替休日は、法定休日を他の勤務日とあらかじめ交換して労働させ、事前または事後に休日を与えた場合で、法定休日を他の勤務日と交換したわけですから休日労働になりません。⇒休日手当不要
代休は、勤務日の振替(交換)を行わず法定休日に労働させ、事後に代休を与えた場合で、休日労働になります。⇒休日手当必要
*振替休日の注意点
振替出勤により休日を翌週に振り替えた場合には、翌週の労働時間が40時間を超えることがあるので、そのような場合は40時間を超えた部分については時間外労働割増賃金の支払が必要です。
*振替休日
*代休
割増賃金(または賃金)が支払われない早出や残業、休日出勤することを一般に「サービス残業」と呼んでいますが、これは労働基準法に違反する、違法なものです。「サービス残業」という言い方では、違法であることが意識されにくいことから、厚生労働省ではこれらの行為を「賃金不払残業」という言い方をしています。
厚生労働省では、平成29年1月に、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」、平成15年5月に「賃金不払残業総合対策要綱(詳しくはこちら)」と「賃金不払残業の解消を図るために講ずべき措置等に関する指針」を策定する等して、労働者の労働時間を使用者が適正に把握管理することや賃金不払残業に対して労働者や使用者が主体的に取り組むことを強く促しています。
労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン(H29.1.20基発0120第3号)の主な内容
使用者には、労働時間を適正に把握するなど労働時間を適切に管理する責務があり、その責務を誠実に履行しなければなりません。そこで、厚生労働省では、以下のガイドラインを定め、労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置を明らかにしています。
詳しくは厚生労働省ホームページをご覧ください。
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/roudouzikan/070614-2.html
賃金不払残業の解消を図るために講ずべき措置等に関する指針(平成15年5月23日付け基発第0523004号)
過去10年間、全国の労働基準監督署が監督指導した結果割増賃金が支払われたもののうち、その支払額が1企業で合計100万円以及び1,000万円上となった事案の状況は以下のとおりです。
労基法では「監督もしくは管理の地位にある者」(管理監督者)については、「労働時間、休憩及び休日に関する規定は適用しない」(労基法41)とされていることから残業や休日出勤をしても残業手当や休日出勤手当を支払うわなくても違法ではありません。しかし、ここでいう「管理監督者」は、「労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者」とされていて、「部長」「営業所長」といった肩書ではなく、その社員の職務内容、責任と権限、勤務態様、待遇を踏まえて実態により判断します。
管理監督者かどうかは、
により判断されて、これにあてはまらない人は、社内で管理職とされていても残業手当や休日出勤手当を支払う必要があります。
なお、管理監督者への適用除外の対象は、「労働時間、休憩及び休日に関する規定」ですので、年次有給休暇、育児・介護休暇、深夜割増賃金に関する規定の適用は除外されません。
*裁判例と通達
会社によって組織や職制は様々ですので、個々のケースで管理監督者に当てはまるかどうかについては判断することは難しい場合も出てきます。そこで、これまでの代表的な判例を紹介しますので、参考にしてください。また、労働基準監督署が判断する基準となる通達もあわせて紹介しますので参考にしてください。
【事案の概要】
札幌市内に20の学習塾を経営するYの元従業員で、在職中5教室の人事管理を含む管理業務全般の事務を担当していた営業課長Xが、時間外労働についての割増賃金が未払であったとして右時間外割増賃金の支払及びそれと同額の付加金を請求して提訴したのに対し、YがXは労基法41条2号の管理監督者に該当し、時間外賃金請求権を有しないとして、Xの管理監督者該当性が争われたもの。
【判決要旨】
札幌地裁は、Xは人事管理を含むその運営に関する管理業務全般の事務を担当していたものであるが、それらの業務全般を通じて、形式的にも実質的にも裁量的な権限は認められておらず、急場の穴埋めのような臨時の異動を除いては何の決定権限も有しておらず、勤務形態についても、いつどこの教室を回って、どのようにその管理業務を行うかについての裁量があるというにすぎず、本部及び教室における出退勤についてはタイムカードへの記録が求められていて、その勤怠管理自体は他の従業員と同様にきちんと行われており、各教室の状況について社長に日報で報告することが例とされているというその業務態様に照らしても、事業場に出勤をするかどうかの自由が認められていたということはないし、賞与の支給率も、他の事務職員や教室長と比べ、総じて高いといはいえ、Xに匹敵する一般従業員もいることからすると、役職にふさわしい高率のものであるとはいえず、Xの課長としての給与等の面からみても、管理監督者にふさわしい待遇であったとも言い難いとして、Xは、Yの営業課長として、その業務に関する管理者としての職務の一部を行っていたとはいえ、その勤務実態からみても、いまだ管理監督者に当たると解することはできないとしてXの請求を一部認容した(付加金請求は棄却)。
【事案の概要】
ハンバーガー販売会社であるY社は、就業規則において店長以上の職位の従業員を労基法41条2号の管理監督者として扱っているところ、直営店の店長であるXが、同条の管理監督者には該当しないとしてY社に対して過去2年分の割増賃金の支払等を求め、提訴したもの。
【判決要旨】
東京地裁は、労基法の労働時間等の労働条件は最低基準を定めたもので、これを超えて労働させる場合に所定の割増賃金を支払うべきことは全ての労働者に共通する基本原則であり、管理監督者とは、企業経営上の必要から、経営者と一体的な立場で労働基準法の労働時間等の枠を超えて事業活動することもやむを得ないような重要な職務と権限を付与され、また、賃金等の待遇においても優遇措置が取られている者のことをいうとし、その上で、本件店長は、アルバイトの採用や育成、勤務シフトの決定等の権限を有し、店舗運営について重要な職責を負ってはいるがその権限は店舗内の事項に限られ、企業経営上の必要から経営者と一体的な立場での重要な職務と権限を付与されているとは認められず、賃金実態も管理監督者の待遇として十分とはいい難いとして、管理監督者に当たるとは認められないと判示した。
【事案の概要】
ⅰ)Xは、人材紹介会社の紹介を受け、平成19年12月にA銀行東京支店等の関連会社から受託した業務を行う外国法人であるY社に入社したが、A銀行東京支店へ出向という形で、個人金融サービス本部に勤務していた。
ⅱ)Xは、採用時に、期間の定めのない労働契約を締結し、年俸は1250万円とされたが、3か月の試用期間満了時に、Y社から本採用を拒否された。
ⅲ)Xは、Y社に対し、未払残業代とその付加金等を請求して、提訴したが、これに対し、Y社は、Xは労基法41条の管理監督者であるか、仮にそうでないとしても割増賃金を年俸に含める合意が成立していたなどと主張し争ったもの。
【判決要旨】
東京地裁は、労基法の定める時間外労働等に関する規制の適用がすべて排除されるという重大な例外に係る判断であるから、管理監督者の範囲は厳格に画されるべきであるところ、インターネットバンキング担当のヴァイスプレジデントという職務上の地位や権限は、労働時間の管理がなかったことや相当に高額な報酬を考慮しても、管理監督者にふさわしい職務内容や権限を有していなかったと判断し、管理監督者であることを認めなかった。
【事案の概要】
Y医療法人の人事第2課長として主として看護婦の募集業務に従事していたXが、労基法41条2号の管理監督者の地位にはなかったとして、時間外・休日・深夜労働にかかる割増賃金を請求して提訴したもの。
【判決要旨】
大阪地裁は、
ⅰ)労働基準法41条2号のいわゆる監督若しくは管理の地位にある者とは、労働時間、休憩及び休日に関する同法の規制を超えて活動しなければならない企業経営上の必要性が認められる者を指すから、労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的立場にあり、出勤、退勤等について自由裁量の権限を有し、厳格な制限を受けない者をいうものと解すべきである。
ⅱ)原告の被告における地位、職務権限の内容、労働時間の決定権限、責任手当・特別調整手当の支給の実態等からみると、原告は、被告における看護婦の採否の決定、配置等労務管理について経営者と一体的な立場にあり、出勤、退勤時にそれぞれタイムカードに刻時すべき義務を負っているものの、それは精々拘束時間の長さを示すだけにとどまり、その間の実際の労働時間は原告の自由裁量に任せられ、労働時間そのものについては必ずしも厳格な制限を受けていないから、実際の労働時間に応じた時間外手当等が支給されない代わりに、責任手当、特別調整手当が支給されていることもあわせ考慮すると、原告は、右規定の監督若しくは管理の地位にある者に該るものと認めるのが相当であると判断した。
【事案の概要】
Xは、タクシー乗務員としてY社に雇用され、営業部次長となり、定年退職したが、Y社に対し、在職中の時間外労働及び深夜労働の割増賃金と付加金等を請求した。Y社は、Xは管理監督者に該当する等と主張し争ったもの。
【判決要旨】
福岡地裁は、Xが営業部次長として、終業点呼や出庫点呼等を通じて、多数の乗務員を直接に指導・監督する立場にあったこと、乗務員募集についても、面接に携わってその採否に重要な役割を果たしていたこと、出退勤時間についても、多忙なために自由になる時間は少なかったと認められるものの、唯一の上司というべきA専務から何らの指示も受けておらず、会社への連絡だけで出先から帰宅することができる状況にあったなど、特段の制限を受けていたとは認められないこと、勤務シフトが作成されていたのは、営業部次長の重要な業務である終業点呼や出庫点呼に支障を来さないためであると認められるのであり、それ自体で出退勤時間の自由がないということはできないこと、他の従業員に比べ、基本給及び役務給を含めて700万円余の高額の報酬を得ていたのであり、会社の従業員の中で最高額であったこと、会社の取締役や主要な従業員の出席する経営協議会のメンバーであったことや、専務に代わり会社代表として会議等へ出席していたこと等、これらを総合考慮すればXを管理監督者に該当すると認めるのが相当であると判断した。
【事案の概要】
Xは、美容サロンの経営、化粧品等の販売を目的とするY社に管理職(部長)として入社し、Y社が企画する化粧品販売イベントの運営等に従事してきたが、その後Y社の取締役、常務取締役、専務取締役に選任された。Xは、退職した後、Y社に対し、時間外割増賃金および減額賃金の差額分を請求した。Y社は、Xは管理監督者に該当する等と主張し争ったもの。
【判決要旨】
東京地裁は、Xは、Y社との関係において、取締役としての地位を有していたが、労働者であったと認めるのが相当であるとした上で、Xは労務担当の取締役とされていたが、従業員の採用や人事考課の権限等、労務管理についての一般的に広範な権限が与えられていたわけではなく、Y社は規模の小さい個人企業であるため、人事考課自体が行われていたのか疑問であり、また採用にあたってもB会長に決定権があったとしても必ずしも不自然とはいえず、その後、Y社の業務が拡大するとともに、従業員の採用について、Xに権限が与えられるようになっていること、Xは、従業員やスタッフの勤務時間についての集計や、訂正の確認などを行っており、他の従業員などの勤務時間に関する労務管理の権限がある程度与えられていたものといえること、Xは、タイムカードによって厳格な勤怠管理が義務づけられていたとはいえず、タイムカードも本来許されていない手書きでの修正が許されたり、他の従業員とは異なる扱いがなされるなどしているし、パーティーや懇親会、麻雀などへの参加時間も労働時間としてタイムカードが打刻されていること、また、Xの主張する業務量に比して、労働時間が不自然に長時間となっており、勤務時間中に業務以外のことをしていた事情もうかがえることからすると、Xについては、厳密な労働時間の管理がされていたとはいえず、労働時間について広い裁量があったといえること、さらに、Xは、基本給として月額35万円、役職手当として月額5万円から10万円の給与をもらっており、一般従業員の基本給と比べて厚遇されていたことは明らかであること等からすると、Xは、管理監督者に該当するとみるのが相当であると判断した。
○監督又は管理の地位にある者の範囲
(昭和22年9月13日付け発基17号、昭和63年3月14日付け基発150号)法第41条第2号に定める「監督若しくは管理の地位にある者」とは、一般的には、部長、工場長等労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者の意であり、名称にとらわれず、実態に即して判断すべきものである。具体的な判断にあたっては、下記の考え方によられたい。
記
○金融機関における管理監督者の具体的事例
金融機関における管理監督者の範囲は通達で例示されています。それぞれの会社により組織や地位は異なりますが、管理監督者の範囲を検討する際の参考にしてください。
○多店舗展開する小売業、飲食業等の店舗における管理監督者について
多店舗展開する店舗の店長等の管理監督者性の判断に当たっての特徴的な要素について、次のとおり示されています(平成20年9月9日基発第0909001号)。 次の1~3の判断要素は、いずれも管理監督者性を否定する要素に関するものですが、これらの否定要素に当たらないものがあるからといって、直ちに管理監督者として認められるというわけではありませんので、ご注意ください。
定額残業制(固定残業制、みなし割増賃金制)とは、法律に明文規定はありませんが、法定時間外労働、法定休日労働、深夜労働に対する割増賃金をあらかじめ定額の手当等の名目で、あるいは基本給の一部として支給する制度をいいます。
時間外労働手当に代えて一定額を支払うという定額残業制は、労基法所定の計算方法による金額以上の金額を支払っていれば、労基法37に違反しませんが、基本給の中に含めるといった場合には、割増賃金相当部分とそれ以外の賃金部分とを明確に区別することを要します。法定休日労働の割増賃金相当分、深夜労働の割増賃金相当分についても同じです。
定額の手当等の名目で支給される場合は、それが残業手当の定額払いであることを就業規則等に明記することが必要で、実際の残業時間から計算した時間外手当より定額の支給額が低い場合はその不足額も合わせて(つまり、実際に計算した時間外手当)を支払うことが必要です。なお、実際の残業手当と定額の支給額との過不足を翌月に繰り越して相殺することはできません。
定額残業制について、これまでの代表的な判例を紹介しますので、参考にしてください。
【事案の概要】
ⅰ)Y社の労働時間は、午前8時30分から午後5時までのうち休憩時間1時間を除く7時間30分で、1日7時間30分を超える労働時間につき2割5分の割増賃金を支払うとの慣行が存在していた。
ⅱ)Y社は、従業員Xについて、月15時間の時間外労働に対する割増賃金を基本給に加算して同人の基本給とするとの合意がされていることを理由にして、昭和58年10月から60年4月までの間、午後7時を超えて勤務した場合のみ、割増賃金を支払ったところ、Xは、午後5時から7時までの時間外労働に対する割増賃金の支払いを求めて提訴したもの。
【判決要旨】
東京地裁は、この割増賃金の計算にあたり、月15時間の時間外労働に対する割増賃金が基本給に含まれることを合意している(本来の基本給に15時間分の時間外労働割増賃金を加算して「基本給」としている)との会社の主張に対し、「仮に、月15時間の時間外労働に対する割増賃金を基本給に含める旨の合意がされたとしても、その基本給のうち割増賃金に当たる部分が明確に区分されて合意がされ、かつ労基法所定の計算方法による額がその額を上回るときはその差額を当該賃金の支払期に支払うことが合意されている場合にのみ、その予定割増賃金の一部または全部とすることができるものと解すべき」とした。この東京地裁の判断は控訴審の東京高裁判決でも是認され、最高裁でも正当として是認することができるとされた。
【事案の概要】
ⅰ)Y社の就業規則附則2によればセールスマンに対してセールス手当を支給することとし、セールス手当支給該当者には超過勤務手当は支給しないと定めている。
ⅱ)従業員Xが、セールス手当は時間外労働に対する対価ではないと主張して、時間外労働に対する賃金とそれと同額の附加金の支払いを求めて提訴したもの。
【判決要旨】
大阪地裁は、労基法37条は時間外労働等に対し一定額以上の割増賃金の支払を使用者に命じているところ、同条所定の額以上の割増賃金の支払がなされるかぎりその趣旨は満たされ同条所定の計算方法を用いることまでは要しないので、その支払額が法所定の計算方法による割増賃金額を上回る以上、割増賃金として一定額を支払うことも許され、現実の労働時間によって計算した割増賃金額が右一定額を上回っている場合には、労働者は使用者に対しその差額の支払を請求することができるとしたが、本件ではその差額は認められないとして、Xの請求を棄却した。
【事案の概要】
ⅰ)Y社は、タクシー業を営む会社で、Xらは、Y社に、タクシー乗務員として勤務してきたが、Xらの勤務は隔日勤務で、勤務時間は、午前8時から翌日午前2時(そのうち2時間は休憩時間)である。
ⅱ)Xらの賃金は、タクシー料金の月間水揚高に一定の歩合を乗じた金額を支払うもの(完全歩合給)で、同人らが時間外労働や深夜労働を行った場合にも、それ以外の賃金は支給されない。また、この歩合給を、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外・深夜労働の割増賃金に当たる部分とに判別することはできない。
ⅲ)Xらは、Y社に対し、午前2時以降の時間外労働及び午後10時から午前5時までの深夜労働の割増賃金が支払われていないとして、その支払および付加金の支払いを求め提訴したもの。
【判決要旨】
ⅰ)高知地裁は、Xらの請求を認容した。
ⅱ)高松高裁は、午前2時から午前8時までの時間におけるXらの就労は、法的根拠を欠いており、賃金請求権は発生しないとし、また午後10時から翌日午前2時までの勤務にかかる割増賃金の請求のみを認容した。
ⅲ)最高裁は、本件請求期間にXらに支給された歩合給について、①時間外および深夜の労働を行った場合においても増額されていないこと②通常の労働時間の賃金に当たる部分と、時間外および深夜労働の割増賃金に当たる部分とが判別できないことの2点から、この歩合給の支給をもって、Xらに対し、労基法37条の規定する時間外および深夜の割増賃金が支払われたと解するのは困難と言うべきであり、Y社はXらに対し、本件請求期間におけるXらの時間外および深夜の労働について、労基法37条および労基法施行規則19条1項6号の規定に従って計算した額の割増賃金を支払う義務があるとした。
【事案の概要】
人材派遣会社Yの派遣労働者Xが、基本給を月額41万円とし、1か月の労働時間合計が180時間を超えた場合にはその超えた時間について1時間当たり一定額(1時間当たり2560円)を別途支払い、月間総労働時間が140時間に満たない場合にはその満たない時間につき1時間当たり一定額(1時間当たり2920円)を控除するという約定のある雇用契約の下において、法定の労働時間を超える時間外労働に対する時間外手当及びこれに係る付加金の支払い等を求めて提訴したもの。
【判決要旨】
ⅰ)横浜地裁は、大筋でXの請求を認めた。Xが控訴、Yも附帯控訴。
ⅱ)東京高裁は、両当事者は合理的な代償措置があることを認識した上で、月間180時間以内の労働時間中の時間外労働に対する手当の請求権をその自由意思により放棄したものとみることができる、として180時間を超えない月の請求について棄却した。Xが上告。
ⅲ)最高裁第一小法廷は、月間180時間以内の労働時間中の法定時間外労働がされても基本給自体が増額されることはないこと、また、月額41万円の基本給について、通常の労働時間の賃金に当たる部分と労基法37条1項の規定する時間外の割増賃金に当たる部分を判別することができないことから、これでは月額41万円の基本給の支払を受けたとしても、その支払によって、月間180時間以内の労働時間中の時間外労働に対する割増賃金を支払われたことにならず、月間180時間の中に含まれる時間外労働について、使用者は月額41万円の基本給とは別に割増賃金を支払う義務を負うとした。そしてその具体額と付加金等について改めて審理するよう差し戻した。
【事案の概要】
ⅰ)Xらは、不動産売買、賃貸、管理およびこれらの仲介業を目的とするY社の元従業員である。Xらは、Y社に対し、雇用契約に基づく賃金請求として、時間外労働に対する割増賃金及び賃確法6条1項に基づく年14.6%の割合による遅延損害金を求めて提訴したもの。
ⅱ)Y社の賃金規程には「営業手当は、就業規則15条による時間外労働割増賃金で月30時間相当分として支給する」と規定されており、Y社側は、この営業手当は定額残業代であり、時間外労働賃金であると主張して争った。
【判決要旨】
東京地裁は、本件の営業手当は、営業活動に伴う経費の補充または売買事業部の従業員に対する一種のインセンティブとして支給されていたとみるのが相当であり、本件の営業手当は、定額残業代の支払いとしてみることはできないとして、Y社の主張を認めなかった。
【事案の概要】
ⅰ) 医療法人Yを6か月で解雇された医師Xが、解雇の無効確認と時間外・深夜労働に対する割増賃金の支払を求めたもの。解雇については最高裁まで一貫して有効と判断されたが、割増賃金については、見解が分かれた。
ⅱ) Xは、年俸1700万円で雇用され、内訳は、月額賃金が120万1000円(本給86万円、諸手当合計34万1000円)、賞与が年間で本給の3か月相当分と、初月のみ初月調整8000円が加算されていた。
週5日の勤務とし、1日の所定勤務時間は午前8時30分から午後5時30分まで(休憩1時間)を基本とするが、業務上の必要がある場合には、これ以外の時間帯でも勤務しなければならず、その場合における時間外勤務に対する給与は「医師時間外勤務給与規程」(「時間外規程」)の定めによることが雇用契約書に記載されていた。この時間外規程は、①時間外手当の対象となる業務は、原則として、病院収入に直接貢献する業務又は必要不可欠な緊急業務に限ること、②医師の時間外勤務に対する給与は、緊急業務における実働時間を対象として、管理責任者の認定によって支給すること、③時間外手当の対象となる時間は、勤務日の午後9時から翌日の午前8時30分までの間及び休日に発生する緊急業務に要した時間とすること、④通常業務の延長とみなされる時間外業務は、時間外手当の対象とならないこと、⑤当直・日直の医師に対し、別に定める当直・日直手当を支給することなどを定めていた。
このように、この雇用契約では、時間外規程に基づき支払われるもの以外の時間外労働等に対する割増賃金は、年俸1700万円に含まれることが合意されているが、他方、この年俸のうち時間外労働等に対する割増賃金にあたる部分が明らかにされてはいなかった。
ⅲ) 最高裁は、年俸制でその年俸のなかに時間外等の割増賃金が含まれるとの合意が有効に成立しているとした東京高裁判決を破棄して、原審に差し戻した。
【判示の骨子】
ⅰ) 使用者が労働者に対して労基法37 条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するためには、割増賃金として支払われた金額が、通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として、労基法37 条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討することになるが、割増賃金をあらかじめ基本給等に含める方法で支払う場合においては、上記の検討の前提として、労働契約における基本給等の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要であり,上記割増賃金に当たる部分の金額が法に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回るときは、使用者がその差額を労働者に支払う義務を負うというべきである。
ⅱ) XとYとの間においては,本件時間外規程に基づき支払われるもの以外の時間外労働等に対する割増賃金を年俸1700万円に含める旨の本件合意がされていたものの、このうち時間外労働等に対する割増賃金に当たる部分は明らかにされていなかった。
そうすると,本件合意によっては、X に支払われた賃金のうち時間外労働等に対する割増賃金として支払われた金額を確定することすらできないのであり、Xに支払われた年俸について、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することはできない。
ⅲ) したがって,Y のX に対する年俸の支払により、X の時間外労働及び深夜労働に対する割増賃金が支払われたということはできない。
【事案の概要】
ⅰ)ガソリンスタンドの運営、自動車賃貸業等を業とするY社に雇用されていたXが、Y社に対し、平成23年3月分から平成25年2月分までの時間外労働に対する時間外手当、これに対する確定遅延損害金、遅延利息、付加金の支払いを求めて提訴した。これに対して、Y社は、Xには、基本給のほかに月175,000円から185,000円の営業手当が支払われており、この営業手当の支払いが割増賃金に相当すると主張して争った。
ⅱ)一審判決は、営業手当を時間外労働の対価として認め、Xの請求から営業手当の金額を除いた額と同額の付加金のみの支払いを命じた。
ⅲ)Xは、一審判決を不服とし、控訴したもの。
【判決要旨】
東京高裁は、営業手当全額が時間外勤務との対価関係にあると仮定して月当たりの時間外労働時間を算出すると営業手当はおおむね100時間の時間外労働に対する割増賃金の額に相当することになり、このような法令の趣旨に反する恒常的な長時間労働を是認する趣旨でXとY社間の労働契約において本件営業手当の支払が合意されたとの事実を認めることは困難であり、本件営業手当が割増賃金の対価としての性格を有するという解釈は,この点において既に採用し難いとし、基本給と営業手当とを算定基礎賃金として計算した割増賃金の支払いを命じた。
【事案の概要】
ⅰ)Xは、Y社が運営する薬局で、薬剤師として勤務していたが、Y社に対して,時間外労働,休日労働及び深夜労働(以下「時間外労働等」)に対する賃金及び付加金等の支払いを求めて提訴したもの。
雇用契約書では、賃金月額に残業手当を含むとされ、給与明細書には、「月額給与」と「業務手当」が区分され、採用条件確認書には、「業務手当」の説明として、みなし時間外手当であるとされ、「時間外手当は、みなし残業時間を超えた場合はこの限りではない」との記載があった。賃金規程にも、業務手当を「時間外手当の代わりとして支給する」と明記し、Yと各従業員の間で作成された確認書には、業務手当月額として確定金額の記載と、業務手当は、時間外労働30時間分として支給する等の記載があった。
【判決要旨】
ⅰ)一審(東京地裁立川支部平成28年3月29日)は、業務手当はみなし時間外手当として有効であると判断した上で、Y社において休憩時間とされていた時間の一部を労働時間として算定し直した結果生じた未払残業代のみXの請求を認容し、その余の請求を棄却した。
ⅱ)二審(東京高判平成29年2月1日)は、業務手当が何時間分の時間外手当に当たるのかXに伝えられていないなど、定額を上回る額の時間外手当が発生した場合に、直ちに支払いを請求することができる仕組みが備わっていないことを理由に、業務手当は割増賃金として認められないとして、Xの請求をより広く認める形で一審判決を変更した。
ⅲ)最高裁第一小法廷は、業務手当が時間外労働等の対価として支払われるものとされているか否かは、雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきであり、Y社の賃金体系では、業務手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものと位置づけられ、Xに支払われた業務手当は、Xの実際の時間外労働等の状況と大きく乖離するものでないことから、時間外労働等に対する対価として認められるとし、労基法37条の割増賃金が支払われたということができないとした判断は法令の解釈を誤った違法があるとして、二審判決を破棄し高裁に差し戻した。
【事案の概要】
ⅰ) Xらは、タクシー事業等を営むY社と労働契約を締結し、タクシー乗務員として勤務していた。
ⅱ) Y社の就業規則の一部である賃金規則によると、タクシー乗務員の歩合給(1)は、揚高をもとに計算した対象額Aから割増金(残業手当、深夜手当、公出手当の合計)および交通費を控除したものとして計算されており、時間外労働等に対応する割増金(残業手当等)に相当する金額が歩合給の計算から控除されるため、時間外労働等が行われてもその時間数に対応する賃金の増額はないものとされていた。なお、歩合給(1)の算定にあたり、対象額Aから割増金と交通費を控除した金額がマイナスになる場合には、歩合給(1)の支給額を0円とする取扱いをしており、実際に、対象額Aが上記の控除額を下回り、Xらへの歩合給(1)の支給額が0円とされたこともあった。
ⅲ) Xらは、歩合給(1)の計算にあたり残業手当等に相当する金額を控除する旨の賃金規則の定めは無効であり、控除された残業手当等に相当する賃金等の支払を求めて、訴えを提起した。
ⅳ) 第1次上告審(H29.2.28最3小判)は、売上高等の一定割合に相当する金額から割増賃金相当額を控除したものを通常の労働時間の賃金とする旨の労働契約上の定めが、労基法37条の趣旨に当然反するものとして公序に反し無効であると解することはできないとした上で、同原審(第1次控訴審)では、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができるか否か等の審理判断がなされていないとして、原審に差し戻した。
ⅴ) 本件原審(第2次控訴審)は、本件賃金規則においては、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とが明確に区分されて定められており、本件賃金規則において割増賃金として支払われた金額(割増金の額)は、労基法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の金額を下回らないから、Xらに支払われるべき未払賃金があるとは認められないとして、Xらの請求をいずれも棄却すべきものとした。これに対し、Xらが上告した。
【判示の骨子】
ⅰ) 使用者が労働者に対して労基法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するためには、割増賃金として支払われた金額が、通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として、労基法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討することになるところ、その前提として、労働契約における賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要である。そして、使用者が、労働契約に基づく特定の手当を支払うことにより労基法37条の定める割増賃金を支払ったと主張している場合において、上記の判別をすることができるというためには、当該手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていることを要するところ、当該手当がそのような趣旨で支払われるものとされているか否かは、当該労働契約に係る契約書等の記載内容のほか諸般の事情を考慮して判断すべきであり(日本ケミカル事件・最二小判平成30年7月19日参照)、その判断に際しては、当該手当の名称や算定方法だけでなく、同条の趣旨を踏まえ、当該労働契約の定める賃金体系全体における当該手当の位置付け等にも留意して検討しなければならないというべきである。
ⅱ) Y社は、本件賃金規則に基づく割増金(残業手当、深夜手当、公出手当)を、労基法37条の割増賃金として支払ったと主張する。この割増金は、時間外労働の時間数に応じて支払われる一方で、通常の労働時間の賃金である歩合給(1)の算定にあたり対象額Aから控除される額としても用いられ、時間外労働等の時間数が多くなれば、対象額Aから控除される金額が大きくなる結果として、歩合給(1)は0円となることもある。結局、本件賃金規則の定めるこのような仕組みは、その実質において、出来高払制の下で元来は歩合給(1)として支払うことが予定されている賃金を、時間外労働等がある場合には、その一部につき名目のみを割増金に置き換えて支払うこととするものというべきであり、本件賃金規則における割増金は、その一部に時間外労働等に対する対価として支払われるものが含まれているとしても、通常の労働時間の賃金である歩合給(1)として支払われるべき部分を相当程度含んでいるものと解さざるを得ない。そして、割増金として支払われる賃金のうちどの部分が時間外労働等に対する対価に当たるかは明らかでないから、本件賃金規則における賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と労基法37条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することはできないこととなる。したがって、Y社のXらに対する割増金の支払により、労働基準法37条の定める割増賃金が支払われたということはできない。
ⅲ) 本件においては、対象額Aから控除された割増金は、割増賃金に当たらず、通常の労働時間の賃金に当たるものとして、労働基準法37条等に定められた方法によりXらに支払われるべき割増賃金の額を算定すべきである。
*勇気を出して労働基準監督署に行ってみよう!
*できれば労働契約書や給与明細などの資料も持参
労働時間、休日のきまりが守られていないなどの疑いがある場合は、労働基準監督署に 「申告」する方法があります。
例えば、残業(深夜労働・休日労働を含む)しているにもかかわらず割増賃金が支払われないといった賃金不払残業(いわゆる「サービス残業」)などは、労働基準監督署に申告すれば、労働基準監督官が直接会社に改善を求めていきます。
また、労働基準監督署に申告をしたけれども、残業時間が明確にならないため残業代を確定することができない事案などに都道府県労働局の「あっせん」手続を利用することも、会社があっせんに応じてその場に出てくれば有効な方法です。
なお、あっせんは都道府県労働局のほか、労働基準監督署内にある総合労働相談コーナーでも総合労働相談員が相談に応じ、その申請を受け付けています。何かおかしいなと思ったら、勇気を出して最寄りの労働基準監督署や都道府県労働局の窓口を訪ねてみましょう。
賃金不払残業などの問題を解決するには、上記のほか、労働組合を通じてのあるいは加盟しての交渉、裁判所(労働審判・訴訟)への申し立てなどの方法もあります。労働基準監督署・都道府県労働局への申告やあっせんは無料でできますが、裁判所への申立ては費用がかかりますし、弁護士を付けるとなれば弁護士費用も必要となってきます。
なお、どの機関に相談するにしても、自分の主張を裏付ける労働契約書や出退勤時間・残業時間、給与明細書等の資料を持参すれば、担当者の理解を得やすく、話が早く進むことが期待できます。
「あっせん」とは、個別労働紛争解決促進法に基づき各都道府県労働局に設けられた紛争調整委員会によるあっせんのことをいいます。紛争調整委員会は、弁護士、大学教授等の労働問題の専門家により構成され、申請ごとに、選任されたあっせん委員が、紛争当事者双方の主張を充分聴いたうえで、調整し、具体的なあっせん案を提示するなどして、紛争を円満に解決しようとするものです。
労働条件その他労働関係に関する事項についての労働紛争(募集・採用に関するもの、集団的な労使関係に関するもの等を除く)が、「あっせん」の対象となります。
あっせん案に紛争当事者双方が合意した場合、そのあっせん案は、民法上の和解契約の効力をもち、当事者双方を拘束することとなります。なお、あっせん手続きは非公開となっており、紛争当事者のプライバシーは保護されます。