ハラスメントのパターンと対応上の課題を大別すると次のとおりです。
1職場内において上司等からハラスメントを受けた場合
⇒1.上司等によるパワハラに対する会社への民事賠償責任、2.上司等によるパワハラと労災認定・解雇への対応
2職場内において同僚等からいじめ・嫌がらせがなされた場合
⇒1.同僚等によるハラスメントに対する会社への民事賠償責任、2.同僚等によるハラスメントと労災認定
3ハラスメントの相談先
4休職復職・解雇等
最近、上司等からの言動がパワハラに当たるとし、労働者が会社等に対し損害賠償責任を争うトラブルが増加傾向にあります。上司等から厳しい叱責を受ければ、多かれ少なかれ部下として不快に感じますが、会社に対し損害賠償責任を求めうるようなパワハラとは如何なる場合を指すのでしょうか。裁判例の中には以下の判断を示したものが見られます。「(上長には)、その所属の従業員を指導し監督する権限があるのであるから、その指導監督のため、必要に応じて従業員を叱責したりすること・・それ自体は違法性を有するものではない。しかしながら、(上長の)行為が右権限の範囲を逸脱したり合理性がないなど、裁量権の濫用にわたる場合は、そのような行為が違法性を有するものと解すべき」
東芝府中工場事件 東京地八王子支判 H2.2.1
例えば、上司等が中途新入社員に対する退職強要を主目的として、ことさらに同社員の些細なミスを取り上げ、執拗に叱責を繰り返すような行為は目的・態様ともに会社側の人事裁量権を逸脱濫用しており、会社、場合によっては上司等含めてパワハラを理由とした民事損害賠償責任を負います(B社事件 東京地判 H21.1.16 など)。また上司等による指導・叱責目的が教育指導など一定の正当性が認められる場合もその態様において人格毀損的なものや、長時間にわたるものなど社会通念からみて合理性を欠く場合、同じく違法性を有し、会社等が損害賠償責任を負うこととなります。
その一方、上司等の指導によって、部下の感情を害したとしても、正当な指導監督の目的が認められ、かつその態様が社会通念に照らして相当なものであれば、民事損害賠償責任が否定される場合があります。例えばグラインダーなどの機材を職場ルールに反し、放置したまま退社したり、不安全行動がみられる社員に対し、再三注意するも改善が見られないため、上司等が反省書の提出を求める等の指導を行ったことは、目的・態様ともに人事裁量権の濫用は認められず、合理性があるものと判断されています(前掲 東芝府中工場事件)。
また指導の経緯も違法性評価に際し重要であり、上司等が部下に改善を求めるも、1年以上その是正がされていなかったこと等に対し、上司等が部下に対して「ある程度の厳しい改善指導をすることは、上司等らのなすべき正当な業務の範囲内にあるものというべきであり、社会通念上許容される業務上の指導の範囲を超えるものと評価できない」とした裁判例もあります(前田道路事件 高松高判 H21.4.23)。
上司等によるパワハラが契機となり、被害社員がメンタル不調など健康被害を受ける場合があります。この場合、労災認定の対象となるか否かが問題となりますが、厚生労働省は斉一的・公平迅速に認定判断を行うために次の通達を示しており、これにより労災認定となるかを判断してきました。(「心理的負荷による精神障害の認定基準について」H23.12.26 基発1226第1号、R2.5.29基発0529第1号[以下、旧認定基準])。
ただ、この旧認定基準から10年が経過し、働き方の多様化が進み、労働者を取り巻く職場環境も変化するなど社会情勢の変化も生じていることから、最新の医学的知見を踏まえた上で、全面的に見直しがされ、令和5年9月1日に新たな「心理的負荷による精神障害の認定障害」が策定されました(令5.9.1基発0901第2号 以下「新認定基準」)。新認定基準では、パワーハラスメントの6類型すべての具体例が示され、また、具体的出来事に「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」(いわゆるカスタマーハラスメント)が追加されました。
改正認定基準では、「出来事の類型」に「パワーハラスメント」を追加し、「上司等から、身体的、精神的攻撃等のパワーハラスメント」を受けた」を「具体的出来事」に追加しています。
ここで、強いストレスとして評価される例(心理的負荷強度Ⅲ)として次の例があげられています。
ⅰ 上司等から、治療を要する程度の暴行等の身体的攻撃を受けた場合
ⅱ 上司等から、暴行等の身体的攻撃を執拗に受けた場合
ⅲ 上司等による次のような精神的攻撃が執拗に行われた場合
・人格や人間性を否定するような、業務上明らかに必要性がない又は業務の目的を大きく逸脱した精神的攻撃
・必要以上に長時間にわたる厳しい叱責、他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責など、態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える精神的攻撃
ⅳ 心理的負荷としては「中」程度の身体的攻撃、精神的攻撃等を受けた場合であって、会社に相談しても適切な対応がなく、改善されなかった場合
上記認定基準に基づき業務上認定(労災認定)がなされ、療養のため休業を継続している場合は労働基準法(以下「労基法」)19条1において解雇制限が適用されるため、原則として休職社員に対する解雇は法的に禁止されます。その一方、会社側が同条同項但し書に基づき平均賃金1,200日分に及ぶ打切補償を支払った場合、同条による解雇制限の適用は除外されます(専修大学事件 最高裁1小判 H27.6.8)が、労働契約法16条の解雇権濫用法理が別途適用され、当該解雇の濫用性が判断されます。
職場におけるいじめ、嫌がらせは、会社・上司が組織的に行うもののほか、特定の個人・集団が妬み・恨みなどの私的動機からなされることもあり、被害社員として極めて深刻な立場に追い込まれることがあります。このハラスメントを行った加害者に対し民事賠償責任を問える場合があることは言うまでもありませんが、一方で会社に対し民事賠償責任を求めることが可能でしょうか。この問題が争われた下級審裁判例(誠昇会北本共済病院事件 さいたま地判 H16.9.24)では、会社の法的責任について次の判断が示されました。
その上で、同事件では職場内の同僚等によるいじめは従前から続いており、3年近くに及んでいることや、職員旅行・外来会議において当該いじめがなされていた事をもって雇い主も認識が可能であったとし、結論として安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求を認容しました。会社側の予見可能性が問題となりますが、当該事案のように長期間に及ぶ職場内でのいじめ等は使用者側の予見可能性は比較的認められやすく、会社の民事損害賠償責任はやはり認められることになります。
厚生労働省の改正労災認定基準では、職場内でのいじめ・嫌がらせについても、職場における心理的負荷が過重である例として次の例を示しています。
①同僚等から、暴行又は(ひどい)いじめ、嫌がらせを受けた
②「人間関係のトラブル」
なお具体的出来事の過重性を判断する際、職場でのいじめが長期間繰り返しなされていた場合には、認定基準上、「いじめやセクシュアルハラスメントのように出来事が繰り返されているものについては、繰り返される出来事を一体のものとして評価し、また、『その継続する状況』は、心理的負荷が強まるもの」としています。
パワハラなどのハラスメント被害を受けた場合、一人で悩まず、自社の相談窓口や人事担当者等に相談することが重要です。「パワハラ防止指針」で、会社に対しパワハラの相談に応ずるための必要な体制の整備について以下のとおり示しています。
相談(苦情を含む。以下同じ。)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
会社内の相談窓口に相談しづらい場合には、以下の公的機関でも相談することが可能です。
・労災補償・労基法に関する問題について 労働基準監督署
・パワハラ・セクハラ・妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメントに関する問題 都道府県労働局の雇用環境・均等部(室)
・雇用保険(特に失業保険)に関する問題 ハローワーク(公共職業安定所)
ハラスメントの被害を受け、メンタルヘルス疾患に罹患した被害社員が治療等のため休職を要する場合があります。医師の所見上、健康障害の恐れがあれば、まずは休職し治療に専念することが重要です。会社に私傷病休職制度があれば、まずは同制度を利用し休職し、調査の結果、ハラスメントに起因する休職であることが明らかとなれば、業務上疾病による休職として取り扱われることになるでしょう。
また当該私傷病休職が長期間に及び、所定の休職期間が満了した場合が問題となります。この場合、就業規則等の規定で、退職扱い又は解雇とするものがあり、当該対応をめぐる労務トラブルが見られます。原則的には私傷病休職であれば、休職期間満了の際、「復職可能」か否かが問題となり、これが困難と認められれば、退職・解雇扱いは一般に有効とされます。しかしながら、当該傷病の原因がハラスメントであり、当該主張が私傷病休職期間終了直前ないし終了後になされた場合に、当該解雇を「業務上傷病による休職中の違法解雇(労基法19違反)」にあたり無効とした裁判例があります(東芝事件 東京高判平成23.2.23 労経速2101-3)。
なおハラスメントを理由に離職した場合、雇用保険法上、特定受給資格者(上司、同僚等からの故意の排斥又は著しい冷遇若しくは嫌がらせを受けたことによって離職した者)に該当し、一般の離職と比べ、失業保険給付上、手厚い給付を受給しうる場合があります。
(参考)会社におけるパワハラ防止体制の整備
パワハラは言うまでもなく、人が人に対して行うものです。このパワハラを防止するためには何よりも人および組織全体に対し、パワハラが許されない行為であることを周知徹底し、意識醸成を図ることを要します。「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告書」(厚生労働省)においても、パワハラ防止対策として次の5点が必要であることを明らかにしています。
会社が上記取組を行う際、まず何よりも優先的になされるべきは、パワハラ防止に関しトップおよび経営幹部が共通認識を持つことです。トップおよび経営幹部が同社において許されないパワハラ行為の定義と具体例に関し共通理解を有していないと、防止対策が十分に実効性のあるものとならない上、いざ労務トラブルが生じた場合、社内で統一的な対応が取れず、さらなる深刻化の懸念すらあるものです。
まずはトップおよび経営幹部がパワハラの定義・具体例を明らかにした上で、明確に当該パワハラを職場からなくすべきであることを共通認識した上で、社内的にもその旨、メッセージを発信することが対策上、極めて重要です。その際、あらかじめ「実態を把握する」ため、社内でアンケート調査を実施し、社員がどのような行為がパワハラと認識しているのか確認し、これをトップメッセージに反映させることも有意義です。
トップメッセージの発信の際、あわせて②ルールを決める取組みを行うことは、社内のパワハラ防止に係る意識醸成を高める上で有効な施策と思われます。一例としては以下内容について、ルールを決めることが考えられます。
同ルールを就業規則に規定化する際の方法としては、既存の就業規則に必要となる条文の追加又はパワハラに関する規定を別途策定する二つの方法が考えられます。いずれの方法でも問題はありませんが、後者を採用するメリットとして、規定策定とその周知を通じて、企業のパワハラに対する姿勢を示すことと、各従業員にとっての分かりやすさ・情報アクセスの容易性が挙げられます。
パワハラ防止のための教育・周知は社員の階層別に行うことが効果的です。まず一般社員向けの研修では、トップメッセージとパワハラに関するルール内容等を中心とすることが考えられます。その際、特に重要といえるのが、会社が考えるパワハラの定義・具体例および当該パワハラを受けた場合の相談窓口と会社対応の流れなどの教育です。同研修を通じて、まず労使間においてもパワハラに関する共通理解を深めることが極めて有益です。また社内におけるパワハラ相談窓口と会社対応の方針を事前に社員に知らしめることは会社への信頼醸成に有効です。
次にマネージャー層に対する研修については、自らがパワハラを行う可能性が高いといえ、当該行為を働くことがないよう管理職研修と組み込んだ形で、パワハラ研修を行うのが効果的です。具体的には、管理職自身が職場で他者の人格を傷つけるような行為をしてはならないことを確認し、業務に必要な指示、教育指導の適正な在り方について理解させるような研修を実施していく必要があるところです。そのため、当該研修はコンプライアンス、コミュニケーションスキル、マネジメントスキル等の研修と関連づけて、グループ別でケース検討を行わせる方法などが有益といえるでしょう。