裁判例

1.採用

1-2 「採用内定の取消」に関する具体的な裁判例の骨子と基本的な方向性

基本的な方向性

(1) 他に労働契約を締結するための特段の意思表示が予定されていない場合には、申込みの誘引としての募集に応募したのは、労働契約の申込みであり、採用内定通知はこの申込みを承諾したものとして、誓約書の提出とあいまって、就労の始期を大学を卒業した直後とし、その間、誓約書に記載された五項目に該当する行為があれば採用内定を取消せる労働契約が成立したと解する。
(2) 採用内定を取り消せるのは、内定当時知ることができないか、知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認できるものに限られる。

大日本印刷採用内定取消事件 (S54.7.20最二小判)

【事案の概要】
(1) 内定通知後は他社に応募しないでいたところ、入社2か月前に採用内定を取り消され、就職先の決まらないまま卒業した者が、その取消しは解約権の乱用にあたるとして、従業員としての地位確認等を求めたもの。
(2) 最高裁は、解約権を留保した就労始期付労働契約の成立を認め、取消しは解約権の濫用に当るとした。
【判示の骨子】
(1) 採用内定通知のほかには労働契約を締結するための特段の意思表示が予定されていなかったことからすると、申込みの誘引としての募集に応募したのは、労働契約の申込みである。
(2) この申込みを承諾したものとしての採用内定通知は、誓約書の提出とあいまって、就労の始期を昭和44年に大学を卒業した直後とし、その間、誓約書に記載された五項目に該当する行為があれば採用内定を取消せる労働契約が成立したと解する。
(3) 採用内定を取り消せるのは、内定当時知ることができないか、知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認できるものに限られる。

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日本電信電話公社事件(S48.10.29大阪高判)

【事案の概要】
(1) 公安条例違反の現行犯で逮捕され、起訴猶予処分を受けたXが、そのことを理由とする採用内定取消の効力を争ったもの。
(2) 大阪高裁は、公共性の高い公社の見習社員として適格性を欠く事由がある場合にも、採用内定を取り消しうるとして、申立てを却下した。
【判示の骨子】
(1) Xは、非合法活動を誇示し武力斗争を標榜する地区反戦青年委員会に属し、比較的軽微な事件とはいえ、道路交通法、公安条例違反という具体的な越軌行為を集団的に行なっており、社会的に公共性の高い公社Yの職員として稼働させた場合には反戦グループに同調して職場の秩序を乱し業務を阻害する具体的な危険性があり、Yが見習社員としての適格性を欠くと判断したのは首肯しうる。
(2) YがXの政治的信条や政治的所属関係を嫌悪し、無届デモへの参加や逮捕・起訴猶予処分に名を藉りたものとはいえず、公序良俗に反するとも、思想の自由、結社・表現の自由に違反するともいえない。

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インフォミックス事件(H09.10.31東京地判)

【事案の概要】
(1) 大手コンピューター会社に勤務していたXが、別会社Yからスカウトされ採用内定を得た後に、経営悪化を理由としてYから内定を取り消されたのは違法として地位保全等の仮処分を申請したもの。
(2) 東京地裁は、入社の辞退を勧告したのが2週間前であり、既に退社届も出し後戻りできない状態に置かれていたXに著しく過酷な結果を強いるものであり、客観的に合理的なものとはいえず、社会通念上相当と是認することはできないとして、採用内定の取消しを無効とした。
【判示の骨子】
(1) 始期付解約留保権付労働契約の解約権を行使できるのは、解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当と是認できるものに限られる。
(2) 採用内定者は現に就労していないが、当該契約に拘束されていて他に就職できないのだから、企業が経営の悪化等を理由に留保した解約権を行使する場合には、いわゆる整理解雇の有効性の判断に関する四要素を総合考慮のうえ、解約留保権の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当と是認することができるかどうかを判断すべき。
(3) Yは、人員削減の必要性が高く、従業員に希望退職等を募る一方、Xら採用内定者に相応の補償を提示し入社辞退を勧告するとともに、Xには入社を前提に職種の変更を打診したなど、採用内定の取消を回避するために相当の努力を尽くしており、内定を取り消したことには、客観的に合理的な理由がある。
(4) しかし、内定を取り消す前後のYの対応には誠実性に欠けるところがあること、採用内定に至る経緯や内定取消によってXが著しい不利益を被っていることを考慮すると、内定取消は社会通念に照らし相当と是認することはできない。

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コーセーアールイー事件(H23.03.10福岡高判)

【事案の概要】
(1) 不動産売買会社Yから採用の内々定を受けていたが、予定されていた採用内定通知書授与の日の直前に取り消された就活者Xが、取消しは始期付解約権留保付労働契約に反するとして損害賠償と慰謝料等の支払を求めたもの。
(2) 福岡地裁は、当該労働契約が確実に締結されるであろうとのXの期待は法的保護に値する程度に高まっており、内々定の取消しは、信義則に反し、不法行為にあたるとして損害賠償を認めた。
(3) Yが控訴・Xも付帯控訴した福岡高裁は、期待権侵害などは認めたものの、当該労働契約が成立していたわけではなく、内定と同様の精神的損害が生じたとはいえないとして不法行為は認めず、慰謝料のみ認容した。
【判示の骨子】
(1) 福岡地裁:ⅰ)始期付解約権留保付労働契約が成立していたとは言えないこと、ⅱ)採用内定通知書授与の日のわずか数日前に至った段階では、労働契約が確実に締結されるであろうとのXの期待は法的保護に値する程度に高まっていたこと、ⅲ)Yは内々定取消しに誠実に対応したとは言えないこと、等からすると、ⅳ)労働契約を締結する過程における信義則に反し不法行為を構成する(損害賠償を認めその余を棄却)。
(2) 福岡高裁:ⅰ)期待権などを侵害しているが、ⅱ)内々定後の経過からすると始期付解約権留保付労働契約が成立したとは言えないから、内定の場合と同様の精神的損害が生じたとすることはできない、ⅲ)信義則に反した不法行為による慰謝料の請求には理由がある(労働契約に反した不法行為による損害賠償は認容しなかった)。

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