労災支給処分と保険料認定処分の関係
具体的な裁判例の骨子と基本的な方向性■基本的な方向性
- 労災保険法に基づく労災支給処分と労働保険徴収法に基づく保険料認定処分とは相互に独立した法律関係にあります。
- 労災保険法が労災保険給付の支給・不支給の判断について行政処分をもって行うこととしているのは、被災労働者等の迅速かつ公正な保護という目的に照らし、多くの法律関係を早期に確定し実効的な救済を図る趣旨であり、保険料額の基礎まで早期に確定しようとするものとは解されません。
- 労働保険徴収法のメリット制の趣旨は、企業間の公平を図るとともに、企業の災害防止の努力を促進するものですが、メリット制の適用を受ける企業は、労災保険の支給処分の違法性(業務起因性が存在しない等)を保険料認定処分の不服申立て・取消訴訟で主張することができます。
一般財団法人あんしん財団事件(R06.07.04最一小判)
【事案の概要】
- X(原告、控訴人、被上告人)は、その支局に勤務していたA(補助参加人)が精神疾患にり患したことにつきB(札幌中央労働基準監督署長)が労災保険給付(療養補償給付および休業補償給付)の各支給決定をしたことに対し、その取消しを求めて、Y(国=被告、被控訴人、上告人)を相手に取消訴訟を提起した。Xは、労働保険徴収法12条3項に基づくメリット制の適用を受ける事業の事業主(以下「特定事業主」)であり、Aへの給付額を基礎として算定された保険料負担額はそれを基礎としない場合と比べて合計758万7198円増加するものとされた。
- 第1審(R04.04.15東京地判(労判1285号39頁))は、①労災保険法は被災労働者等の法的利益の保護を図ることのみを目的としており、労災支給処分との関係で、特定事業主の労働保険料に係る法律上の利益を保護していると解する法律上の根拠は見出せないとして、Xの原告適格を否定し、Xの訴えを却下した。しかしあわせて、②保険料認定処分に対する不服申立て・取消訴訟において、労災支給処分の違法性(業務起因性の不存在等)を取消事由として主張することが許される余地があるとも判断していた。これに対し、Xが控訴した。
- 原審(R04.11.29東京高判(労判1285号30頁))は、①特定事業主であるXは、自らの事業に係る労災支給処分がされた場合、同処分の法的効果により直接具体的な不利益を被るおそれのある者であるから、同処分の取消訴訟の原告適格を有するものであり、②保険料認定処分の取消訴訟においては、労災支給処分の違法を取消事由として主張することは許されないと解するのが相当であるとして、第1審判決を取り消した。これに対し、Yが上告した。
【判示の骨子】原判決破棄(自判)
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- 労災保険法が労災保険給付の支給・不支給の判断を被災労働者等に対する行政処分をもって行うこととしているのは、被災労働者等の迅速かつ公正な保護という労災保険の目的に照らし、労災保険給付に係る多数の法律関係の早期確定と専門の不服審査機関による不服申立て制度によって、被災労働者等の権利利益の実効的な救済を図る趣旨に出たものであって、特定事業主の労働保険料額決定の基礎となる法律関係まで早期に確定しようとするものとは解されない。仮に、労災支給処分によって上記法律関係まで確定されるとすれば、当該特定事業主にこれを争う機会が与えられるべきものと解されるが、それでは、労災保険給付に係る法律関係の早期確定の趣旨が損なわれることとなる。
- 労働保険徴収法上のメリット制の趣旨は、労災保険の事業に係る財政の均衡を保つことができる範囲内で、事業主間の公平を図るとともに、事業主の災害防止の努力を促進することにあるところ、客観的に支給要件を満たさない労災保険給付の額を特定事業主の労働保険料額決定の基礎とすることは上記趣旨に反するし、客観的に支給要件を満たすものの額のみを基礎としたからといって上記財政の均衡を欠く事態に至るとは考えられない。労働保険料徴収等の制度の仕組みにも照らせば、労働保険料の額は、申告又は保険料認定処分の時に決定することができれば足り、労災支給処分によってその基礎となる法律関係を確定しておくべき必要性は見いだし難い。
- 以上によれば、特定事業について支給された労災保険給付のうち客観的に支給要件を満たさないものの額は、当該特定事業主の労働保険料額決定の基礎とはならないものと解するのが相当である。そうすると、労災支給処分に基づく労災保険給付の額が当然に上記の決定に影響を及ぼすものではないから、特定事業主は、労災支給処分により自己の権利・利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者に当たるということはできない。
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- したがって、特定事業主は、上記労災支給処分の取消訴訟の原告適格を有しないというべきである。
- 特定事業主は、自己に対する保険料認定処分についての不服申立て又はその取消訴訟において、当該保険料認定処分自体の違法事由として、客観的に支給要件を満たさない労災保険給付の額が基礎とされたことにより労働保険料が増額されたことを主張することができるから、上記事業主の手続保障に欠けるところはない。
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