裁判例

11. 過重労働

11‐1 「過重労働」に関する具体的な裁判例の骨子と基本的な方向性

基本的な方向性

(1) 使用者は「その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務」(安全配慮義務)を負う(電通事件最高裁判決)。
(2) 労働者が恒常的に著しく長時間にわたり業務に従事しており、会社側が労働者の健康状態の悪化を認識しながらも、負担軽減等を講じない場合には、使用者は安全配慮義務違反を理由とした民事損害賠償責任を負う。
(3) 労災認定においても、労働者に対し恒常的に著しい長時間労働が認められた場合、「過重な精神的・身体的負荷がXの右基礎疾患をその自然の経過を超えて憎悪させ、右発症に至ったものとみるのが相当」とし、労災不支給決定処分が取り消され(横浜南労基署長事件最高裁判決)、その後の労災認定基準の大幅な見直しに繋がった。

電通事件(H12.03.24最二小判)

【事案の概要】
(1) Yに新卒採用され、2年目の若手社員Aがラジオ局ラジオ推進部に配属され勤務していたところ、自宅において自殺した。Aが従事した業務の内容は、主に、関係者との連絡、打合せ等と、企画書や資料等の起案、作成とから成っていたが、所定労働時間内は連絡、打合せ等の業務で占められ、所定労働時間の経過後にしか起案等を開始することができず、そのために長時間にわたる残業を行うことが常況となっていた。
(2) Aの両親であるXは、AがYから長時間労働を強いられたためにうつ病に陥り、その結果自殺に追い込まれたとして、Yに対し、安全配慮義務違反または不法行為による損害賠償を請求した。
(3) 本最高裁判決は使用者が「業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う」ことを明らかにした上で、継続的な長時間労働によるうつ病罹患と自殺について、Yに対し民事損害賠償義務を認めたものであり、過重労働による安全配慮義務違反に係るリーディングケースである。
【判示の骨子】
(1) 労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは、周知のところである。労働基準法は、労働時間に関する制限を定め、労働安全衛生法65条の3は、作業の内容等を特に限定することなく、同法所定の事業者は労働者の健康に配慮して労働者の従事する作業を適切に管理するように努めるべき旨を定めているが、それは、右のような危険が発生するのを防止することをも目的とするものと解される。これらのことからすれば、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の右注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきである。
(2) Aの業務の遂行に関しては、時間の配分につきAにある程度の裁量の余地がなかったわけではないとみられるが、上司であるBらがAに対して業務遂行につき期限を遵守すべきことを強調していたとうかがわれることなどに照らすと、Aは、業務を所定の期限までに完了させるべきものとする一般的、包括的な業務上の指揮又は命令の下に当該業務の遂行に当たっていたため、右のように継続的に長時間にわたる残業を行わざるを得ない状態になっていたものと解される。ところで、Yにおいては、かねて従業員が長時間にわたり残業を行う状況があることが問題とされており、また、従業員の申告に係る残業時間が必ずしも実情に沿うものではないことが認識されていたところ、Bらは、遅くとも平成3年3月ころには、Aのした残業時間の申告が実情より相当に少ないものであり、Aが業務遂行のために徹夜まですることもある状態にあることを認識しており、C<Aの上司>は、同年7月ころには、Aの健康状態が悪化していることに気付いていたのである。
それにもかかわらず、B及びCは、同年3月ころに、Bの指摘を受けたCが、Aに対し、業務は所定の期限までに遂行すべきことを前提として、帰宅してきちんと睡眠を取り、それで業務が終わらないのであれば翌朝早く出勤して行うようになどと指導したのみで、Aの業務の量等を適切に調整するための措置を採ることはなく、かえって、同年7月以降は、Aの業務の負担は従前よりも増加することとなった。その結果、Aは、心身共に疲労困ぱいした状態になり、それが誘因となって、遅くとも同年8月上旬ころにはうつ病にり患し、同月27日、うつ病によるうつ状態が深まって、衝動的、突発的に自殺するに至ったというのである。
(3) 原審は、右経過に加えて、うつ病の発症等に関する前記の知見を考慮し、Aの業務の遂行とそのうつ病り患による自殺との間には相当因果関係があるとした上、Aの上司であるB及びCには、Aが恒常的に著しく長時間にわたり業務に従事していること及びその健康状態が悪化していることを認識しながら、その負担を軽減させるための措置を採らなかったことにつき過失があるとして、Yの民法715条に基づく損害賠償責任を肯定したものであって、その判断は正当として是認することができる。

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横浜南労基署長事件(H12.07.17最一小判)

【事案の概要】
(1) 支店長付運転手X(発症時54歳)は、業務中に発症したくも膜下出血について、発症前に従事した業務の負荷により発症したとして、労災保険法上の休業補償を請求したが、不支給処分となったため、その取消を求めて提訴したもの。
(2) 横浜地裁はXの請求を認容、東京高裁は請求を棄却したが、最高裁は、請求を認容した。
【判示の骨子】
(1) Xの業務は、業務の性質からして精神的緊張を伴うものであった上、不規則なものであり、その時間は早朝から深夜に及ぶ場合があって拘束時間が極めて長く、また、待機時間の存在を考慮しても、その労働密度は決して低くはないというべきである。
(2) とりわけ発症の約半年前の昭和58年12月以降の勤務は精神的、身体的にかなりの負担となり、慢性的な疲労をもたらしたことは否定し難い。加えて、発症の前日から当日の業務は、それまでの長期間にわたる過重な業務負担の継続と相まって、Xにかなりの精神的、身体的負荷を与えたものとみるべきである。
(3) Xの基礎疾患の内容、程度、Xが発症前に従事していた業務の内容、態様、遂行状況等に加えて、脳動脈りゅうの血管病変は慢性の高血圧症、動脈硬化により増悪するものと考えられており、慢性の疲労や過度のストレスの持続が慢性の高血圧症、動脈硬化の原因の一つになり得るものであることを併せ考えれば、Xの基礎疾患が発症当時その自然の経過によって一過性の血圧上昇があれば直ちに破裂を来す程度にまで増悪していたとみることは困難というべきであり、他に確たる増悪原因を見いだせない本件においては、Xが発症前に従事した業務による過重な精神的、身体的負荷がXの基礎疾患をその自然の経過を超えて増悪させ、発症に至ったものとみるのが相当。

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