事業場外労働のみなし制
具体的な裁判例の骨子と基本的な方向性■基本的な方向性
- 労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合に、所定労働時間労働したとみなす「事業場外労働に関するみなし労働時間制」(労働基準法38条の2第1項)を適用するには、「労働時間を算定し難いとき」に該当しなければなりません。
- 「労働時間を算定し難いとき」に該当するか否かについては、通信手段の発達等も背景に事業場外労働についても多様化する中で定型的に判断するのは難しく、業務の性質・内容やその遂行の態様・状況等、業務に関する指示及び報告の方法・内容やその実施の態様などの要素を考慮しながら個々の勤務ごとの具体的な事情に着目した上で判断する必要があります。
阪急トラベルサポート事件(H26.01.24最二小判)
【事案の概要】
- Y社(被告・被控訴人=附帯控訴人・上告人)は、一般労働者派遣事業等を営む株式会社である。X(原告・控訴人=附帯被控訴人・被上告人)は、A社がその企画に係る海外旅行として主催する募集型の企画旅行(ツアー)ごとに、ツアーの実施期間を雇用期間と定めてY社に雇用され、添乗員としてA社に派遣されて、添乗業務に従事している。Y社がXを雇用するに当たり作成している派遣社員就業条件明示書には、就業時間につき、原則として午前8時から午後8時までとするが、実際の始業時刻、終業時刻および休憩時間については派遣先の定めによる旨の記載がある。
- A社が主催するツアーにおいては、ツアーに参加する旅行者(ツアー参加者)の募集に当たり作成されるパンフレット等が、A社とツアー参加者との間の契約内容等を定める書面であり、出発日の7日前頃にツアー参加者に送付される最終日程表が、その契約内容等を確定させるものである。最終日程表には、発着地、交通機関、スケジュール等の欄があり、ツアー中の各日について、最初の出発地、最終の到着地、観光地等の目的地、その間の運送機関およびそれらに係る出発時刻、到着時刻、所要時間等が記載されている。また、A社の依頼を受けて現地手配を行う会社が英文で作成する添乗員用の行程表であるアイテナリーには、ホテル、レストラン、バス、ガイド等の手配の状況や手配の内容に係る予定時刻が記載されている。
- A社が主催するツアーにおける添乗員の業務(本件添乗業務)の内容は、おおむね次のとおりである。ツアーの担当の割当てを受けた添乗員は、出発日の2日前に、Y社の事業所に出社して、パンフレット、最終日程表、アイテナリー等を受け取り、現地手配を行う会社の担当者との間で打合せを行うなどする。出発日当日には、ツアー参加者の空港集合時刻の1時間前までに空港に到着し、航空券等を受け取るなどした後、空港内の集合場所に行き、ツアー参加者の受付や出国手続および搭乗手続の案内等を行い、現地に向かう航空機内においては搭乗後や到着前の時間帯を中心に案内等の業務を行った上、現地到着後はホテルへのチェックイン等を完了するまで手続の代行や案内等の業務を行う。現地においては、アイテナリーに沿って、原則として朝食時から観光等を経て夕食の終了まで、旅程の管理等の業務を行う。そして、帰国日においても、ホテルの出発前から航空機への搭乗までの間に手続の代行や案内等の業務を行うほか、航空機内でも搭乗後や到着前の時間帯を中心に案内等の業務を行った上、到着した空港においてツアー参加者が税関を通過するのを見届けるなどして添乗業務を終了し、帰国後3日以内にY社の事業所に出社して報告を行うとともに、A社に赴いて添乗日報やツアー参加者から回収したアンケート等を提出する。
- A社が作成した添乗員用のマニュアルには、おおむね、上記Ⅲのような内容の業務を行うべきことが記載されている。また、A社は、添乗員に対し、国際電話用の携帯電話を貸与し、常にその電源を入れておくものとした上、添乗日報を作成し提出することも指示している。添乗日報には、ツアー中の各日について、行程に沿って最初の出発地、運送機関の発着地、観光地等の目的地、最終の到着地およびそれらに係る出発時刻、到着時刻等を正確かつ詳細に記載し、各施設の状況や食事の内容等も記載するものとされており、添乗日報の記載内容は、添乗員の旅程の管理等の状況を具体的に把握することができるものとなっている。
- ツアーの催行時において、ツアー参加者の了承なく、パンフレットや最終日程表等に記載された旅行開始日や旅行終了日、観光地等の目的地、運送機関、宿泊施設等を変更することは、原則として、A社とツアー参加者との間の契約に係る旅行業約款に定められた旅程保証に反することとなり、A社からツアー参加者への変更補償金の支払が必要になるものとされている。そのため、添乗員は、そのような変更が生じないように旅程の管理をすることが義務づけられている。他方、旅行の安全かつ円滑な実施を図るためやむを得ないときは、必要最小限の範囲において旅行日程を変更することがあり、添乗員の判断でその変更の業務を行うこともあるが、添乗員は、目的地や宿泊施設の変更等のようにツアー参加者との間で変更補償金の支払など契約上の問題が生じ得る変更や、ツアー参加者からのクレームの対象となるおそれのある変更が必要となったときは、A社の営業担当者宛てに報告して指示を受けることが求められている。
- 本件は、Y社に雇用されて添乗員として旅行業を営む会社に派遣され、同会社が主催する募集型の企画旅行の添乗業務に従事していたXが、Y社に対し、時間外割増賃金等の支払を求める事案である。Y社は、上記添乗業務については労基法38条の2第1項にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たるとして所定労働時間労働したものとみなされるなどと主張し、これを争っている。
第一審(東京地判平成22・7・2労判1011号5頁)は、本件添乗業務は「労働時間を算定し難いとき」に当たるとし、事業場外労働のみなし制の適用は肯定しつつ、みなし時間数は11時間であり、1日8時間を超える部分はY社の時間外割増賃金未払に当たるとして、Xの時間外割増賃金請求を概ね認容した。原審(東京高判平成24・3・7労判1048号6頁)は、労働時間は算定可能であるとし、事業場外労働のみなし制の適用を否定して、Xの請求を一部認容した。これに対し、Y社が上告および上告受理申立てをした。
【判示の骨子】上告棄却
- 「本件添乗業務は、ツアーの旅行日程に従い、ツアー参加者に対する案内や必要な手続の代行などといったサービスを提供するものであるところ、ツアーの旅行日程は、A社とツアー参加者との間の契約内容としてその日時や目的地等を明らかにして定められており、その旅行日程につき、添乗員は、変更補償金の支払など契約上の問題が生じ得る変更が起こらないように、また、それには至らない場合でも変更が必要最小限のものとなるように旅程の管理等を行うことが求められている。そうすると、本件添乗業務は、旅行日程が上記のとおりその日時や目的地等を明らかにして定められることによって、業務の内容があらかじめ具体的に確定されており、添乗員が自ら決定できる事項の範囲及びその決定に係る選択の幅は限られているものということができる。」
- 「また、ツアーの開始前には、A社は、添乗員に対し、A社とツアー参加者との間の契約内容等を記載したパンフレットや最終日程表及びこれに沿った手配状況を示したアイテナリーにより具体的な目的地及びその場所において行うべき観光等の内容や手順等を示すとともに、添乗員用のマニュアルにより具体的な業務の内容を示し、これらに従った業務を行うことを命じている。そして、ツアーの実施中においても、本件会社は、添乗員に対し、携帯電話を所持して常時電源を入れておき、ツアー参加者との間で契約上の問題やクレームが生じ得る旅行日程の変更が必要となる場合には、A社に報告して指示を受けることを求めている。さらに、ツアーの終了後においては、A社は、添乗員に対し、前記のとおり旅程の管理等の状況を具体的に把握することができる添乗日報によって、業務の遂行の状況等の詳細かつ正確な報告を求めているところ、その報告の内容については、ツアー参加者のアンケートを参照することや関係者に問合せをすることによってその正確性を確認することができるものになっている。これらによれば、本件添乗業務について、本件会社は、添乗員との間で、あらかじめ定められた旅行日程に沿った旅程の管理等の業務を行うべきことを具体的に指示した上で、予定された旅行日程に途中で相応の変更を要する事態が生じた場合にはその時点で個別の指示をするものとされ、旅行日程の終了後は内容の正確性を確認し得る添乗日報によって業務の遂行の状況等につき詳細な報告を受けるものとされているということができる。」
- 「以上のような業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等、本件会社と添乗員との間の業務に関する指示及び報告の方法、内容やその実施の態様、状況等に鑑みると、本件添乗業務については、これに従事する添乗員の勤務の状況を具体的に把握することが困難であったとは認め難く、労働基準法38条の2第1項にいう『労働時間を算定し難いとき』に当たるとはいえないと解するのが相当である。」
判例(抄録)等を見る
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協同組合グローブ事件(R06.04.16最三小判)
【事案の概要】
- X(原告=反訴被告、控訴人=被控訴人、被上告人)は、外国人の技能実習に係る監理団体であるY(被告=反訴原告、控訴人=被控訴人、上告人)に雇用され、技能実習生の指導員として勤務していた。
- Xは、実習実施者への訪問指導、技能実習生への指導・支援等の業務に従事していた。Xは、本件業務に関し、自ら具体的なスケジュールを管理し、貸与されていた携帯電話等によって随時具体的に指示を受けたり報告をしたりすることはなかった。Xの就業時間は午前9時から午後6時まで、休憩時間は正午から午後1時までと定められていたが、Xが実際に休憩していた時間は就業日ごとに区々であった。Xはタイムカードを用いた労働時間の管理を受けておらず、自らの判断により直行直帰することもできたが、月末には、就業日ごとの始業・終業時刻、休憩時間、訪問先、訪問時刻、業務内容等を記入した業務日報をYに提出し確認を受けていた。
- Xは、Yに対し、時間外労働等に対する賃金の支払等を求めて本件訴えを提起した。Yは、Xの業務の一部については労基法38条の2第1項の「労働時間を算定し難いとき」に当たり、同条により所定労働時間労働したものとみなされる等と主張し、これを争っている。
第1審(R04.05.17熊本地判(労経速2495号9頁))および原審(R04.11.10福岡高判 判例集未登載)は、Xへの労基法38条の2第1項の適用を否定し、Xの上記賃金請求の一部を認容した。これに対し、Yが上告受理申立てをした。
【判示の骨子】原判決中本件本訴請求に関するY敗訴部分を破棄差戻し。
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- Xの業務は多岐にわたり、Xは、自ら具体的なスケジュールを管理し、所定の休憩時間とは異なる時間に休憩をとることや自らの判断により直行直帰することも許されていたものといえ、随時具体的に指示を受けたり報告をしたりすることもなかった。
- このような事情の下で、業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等、業務に関する指示及び報告の方法、内容やその実施の態様、状況等を考慮すれば、Xが担当する実習実施者や1か月当たりの訪問指導の頻度等が定まっていたとしても、Yにおいて、Xの事業場外における勤務の状況を具体的に把握することが容易であったと直ちにはいい難い。
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- 原審は、XがYに提出していた業務日報に関し、①その記載内容につき実習実施者等への確認が可能であること、②Y自身が業務日報の正確性を前提に時間外労働の時間を算定して残業手当を支払う場合もあったことを指摘した上で、その正確性が担保されていたなどと評価し、もって本件業務につき本件規定の適用を否定したものである。
- しかし、上記①については、単に業務の相手方に対して問い合わせるなどの方法を採り得ることを一般的に指摘するものにすぎず、実習実施者等に確認するという方法の現実的な可能性や実効性等は、具体的には明らかでない。上記②についても、Yは、本件規定を適用せず残業手当を支払ったのは、業務日報の記載のみによらずにXの労働時間を把握し得た場合に限られる旨主張しており、この主張の当否を検討しなければYが業務日報の正確性を前提としていたともいえない上、Yが一定の場合に残業手当を支払っていた事実のみをもって、業務日報の正確性が客観的に担保されていたなどと評価することができるものでもない。
- 以上によれば、原審は、業務日報の正確性の担保に関する具体的な事情を十分に検討することなく、業務日報による報告のみを重視して、本件業務につき本件規定にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たるとはいえないとしたものであり、このような原審の判断には、本件規定の解釈適用を誤った違法があるというべきである。
〔なお、本判決には、近時の通信手段の発達等の中で、個々の事例ごとの具体的事情に着目した判断を行っていく必要がある旨の林道晴裁判官の補足意見が付されている。〕
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