裁判例

10.ハラスメント

10-1 「セクハラ」に関する具体的な裁判例の骨子と基本的な方向性

基本的な方向性

(1) セクハラは、被害者の人格的利益や「働きやすい職場環境のなかで働く利益」を侵害する行為として不法行為にあたり損害賠償請求の対象となりえます。例えば、上司たる地位を利用して性的関係を迫る、相手の意に反して身体を触る、卑猥な言葉をかける、交際を迫ってつきまとうなどの行為がそれにあたります。
(2) 使用者は、その被用者の行為がセクハラとして不法行為に当たる場合、使用者として被害者に対して損害賠償責任を負う場合があります。
(3) 使用者は、労働者に対して「働きやすい良好な職場環境を維持する義務」を労働契約上の付随義務(信義則上の義務)または不法行為法上の注意義務として負っており、これに違反した場合には債務不履行または不法行為として、損害賠償責任を負うことがあります。

海遊館セクハラ事件(H27.06.08最一小判)

【事案の概要】
(1) Y社の従業員であるXら2人は、1年以上にわたり女性従業員に対して、極めて露骨で卑わいな発言、侮蔑的ないし下品な言辞等を繰り返した。
(2) Y社は、セクハラを理由として、Xらに対し、懲戒処分として30日間ないし10日間の出勤停止処分を行うとともに、懲戒処分を受けたことを理由に降格させた。これらの処分により、Xらの給与と賞与は減額された。
(3) Xらは、懲戒処分(出勤停止)及び降格処分の無効を求めた。
(4) 大阪高裁はXらの請求を一部認めたが、最高裁は、原審でのY社の敗訴部分を破棄し、Xらの請求を棄却した。

【判示の骨子】
(1) Xらが繰り返した発言の内容は、女性従業員に対して強い不快感や嫌悪感ないし屈辱感等を与えるもので、職場における女性従業員に対する言動として極めて不適切なものであって、執務環境を著しく害するものであった。
(2) Y社は、職場におけるセクハラの防止を重要課題と位置付け、セクハラ禁止文書の作成・周知、研修への参加の義務付けなど、セクハラ防止のために種々の取組を行っていた。Xらは、管理職として部下職員を指導すべき立場にあったにもかかわらず、セクハラ行為を繰り返したものであって、その職責や立場に照らしても著しく不適切である。
(3) 管理職であるXらが反復継続的に行った極めて不適切なセクハラ行為がY社の企業秩序や職場規律に及ぼした有害な影響は看過し難い。
(4) 出勤停止処分が懲戒処分として重きに失し、社会通念上相当性を欠くものではない。Y社は懲戒権を濫用したものとはいえず、出勤停止処分及び降格処分は有効である。

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イビデン(セクハラ)事件(H30.02.15最一小判)

【事案の概要】
(1) A社はY社の子会社である。A社の社員Ⅹは、Y社の事業所内で就労していたところ、同じ事業所内で就労していたBから執拗に交際を要求され、自宅におしかけるなどされた。
(2) A社は、Ⅹから被害について相談を受けたが、何らの措置も取らなかった。その後もBによるつきまとい行為が続いたが、A社が何らの措置も講じないことから、ⅩはA社を退職した。
(3) Y社は、企業倫理等の遵守に関する社員行動基準を定め、自社及び子会社からなる企業グループの業務の適正を確保するため、相談窓口の設置などの体制を整備していた。
(4) 退職後もBのつきまとい行為が続いたため、Ⅹの元同僚が、Y社に対し、Ⅹ及びBから事実確認等を行うよう求めた。Y社は、A社を介してBから聞き取りを行い、A社から事実無しとの報告を受けたため、Ⅹに対する事実確認を行わなかった。
(5) Ⅹは、Y社は企業グループの業務の適正を確保するための体制を整備していたにもかかわらず相応の措置をとらなかったことは信義則上の義務違反に当たるとして、損害賠償を求めた。

【判示の骨子】
(1) A社は就業環境に関して労働者からの相談に応じて適切に対処すべき雇用契約上の付随義務を負うが、Y社はA社の負う付随義務を履行する義務を負うものではない。A社が付随義務に基づく対応を怠ったことのみをもって、Y社のⅩに対する信義則上の義務違反があったとはいえない。
(2) Y社においては、子会社を含めたグループ会社の事業場内での違反行為によって被害を受けた従業員が相談窓口に相談を申し出れば、Y社は相応の対応することとされている。したがって、申し出の具体的状況によっては、Y社は、申し出者に対し適切に対応すべき信義則上の義務を負う。
(3) 退職前にXは相談窓口に相談の申し出をしていないから、退職前のBの行為について、Y社はXに対して上記(2)の義務を負うものではない。
(4) 退職後において、Xの元同僚が相談窓口に対して事実確認等の対応を求めたが、相談窓口体制は申立者の求める通りの対応を取ることを義務付けるものではない。また、相談内容が、Xの退職後相当の期間を経過したものであり、かつ、事業場外の出来事であったから、Y社には上記(2)の義務違反はない。

アムール事件(R4.5.25東京地判)

【事案の概要】
(1) X(原告)は美容ライター(女性)、Y1社(被告)は女性専用のエステサロンを経営する株式会社、Y2(被告)はY1社を設立した同社の代表者(男性)である。
(2) ア Y2は、Y1社のHPに掲載する体験談等の執筆を依頼したい旨の電子メールをXに送信し、平成31年3月20日の対面打合せを経て、Xと記事執筆について合意した。Xは、同月28日から令和元年6月3日まで、Y2による施術を計6回受け、平成31年4月23日にXのHPに記事を掲載した。
イ Y2は、上記対面打合せ時に、Xに性体験や自慰行為等に関する質問をし、第1回施術時にバストを見せるよう求め、第6回施術時には、施術用の紙パンツを脱ぐよう指示し、3回にわたってXの陰部を触った上、自分で陰部を触るよう要求して従わせ、Y2の性器を触るよう要求した。
(3) ア Y2は、令和元年6月4日から同月5日にかけて、Xに対し、Y1社専属のウェブ運用責任者として1日1回Y2社HPに記事を掲載し続けることを最低ノルマとし、SEO対策を行って同社HPを制作・運用してもらいたい旨、同年8月から業務を開始することを前提に6か月間は基本給を月15万円として業務委託契約を締結するが、それ以降は結果次第である旨を伝えた。
イ 同年6月17日、Y2は、Xに対し、性交渉をさせてくれたら食事に連れていくなどと述べ、キスをするよう迫り、Xの腰を触り、Xの臀部に股間を押し付けた。
ウ Y2は、同年6月28日、Xに、同年8月から店舗で新規顧客のカウンセリング等をすることを依頼し、同年6月30日、Xがそれまでのやり取りを踏まえて作成した業務委託契約書案について修正を指示した。同年7月1日、XはY2の指示を受けて修正した契約書案をY2に交付したが、Y2から修正等を求められることはなかった。
エ Xは、Y2の指示を仰ぎながら、同年8月1日から9月30日までは原則1日1回、同年10月1日から同月17日まではY2の指示により2日に1回、SEO対策を施したコラム記事をY1社HPに記載するなどした。Y2は、同月6日、Xに対し、EMSを導入している都内の店舗の一覧表を作成するよう依頼した。
オ Y2は、同年8月31日、Xの記事の質が低いことなどを理由として契約を打ち切る旨をXに告げ、同年9月4日、Xに対し、仕事の質が低いこと等について不満を述べた上、Xを抱擁してキスを迫り、Xの臀部に股間を押し付けた。同年10月7日、Y2は、Xを抱擁してキスをしようとした上、上半身の着衣を脱ぐよう指示し、女性Aと互いに相手の胸を触るよう指示した。
カ Xは、同月16日、Y2に、体調が芳しくないため同月18日から20日まで業務を休ませてもらう旨を伝え、同年8月分の報酬を支払ってもらうことは可能かを尋ねるメッセージを送ったところ、Y2は、報酬は10月末までの結果で判断させてもらう、打合せが難しそうであれば査定をして報酬を支払う旨を返信した。Y2は、同月21日、Xに、作業の検証・評価のための資料の提出を求めるメッセージを送信し、Xがどの数値をどう評価して報酬を決めるのか話合いをさせてもらいたい旨をY2に返信したところ、そういうことも教えないとわからないのであれば報酬を要求しないでほしい、Xとは契約も交わしていないし、今の状況ではスキルが低すぎるので契約は交わせない、Y2の教えの下に育ててほしいのであれば報酬は要求しないでほしい旨のメッセージを送信した。
(4) Xは、Y1社に対し本件業務委託契約に基づく報酬の支払、および、Y2からハラスメント行為を受けたことについて、Y1社に対しては安全配慮義務違反、Y2に対しては不法行為に基づく損害賠償等を求めて、本件訴えを提起した。

【判示の骨子】
(1) XとY2が、業務の内容や報酬の金額について具体的なやり取りを重ね、令和元年7月1日にはそれまでのやり取りを踏まえた本件契約書案を作成した上、同年8月1日以降、XがY2の意向を確認しながら現に本件業務を履行したことに照らすと、同年7月1日頃には、XとY1社間において、Xが同年8月から本件業務を行い、Y1社がXに対して月額15万円の報酬を支払う旨の本件業務委託契約が成立していたものと認められる。
(2) 「Y2の一連の言動(編注:事案の概要(2)イ、(2)イ・オ・カ)は、Xの性的自由を侵害するセクハラ行為に当たるとともに、本件業務委託契約に基づいて自らの指示の下に種々の業務を履行させながら、Xに対する報酬の支払を正当な理由なく拒むという嫌がらせにより経済的な不利益を課すパワハラ行為に当たる」。Y2がXに対して性的な言動に及んだ合理的な理由は見当たらず、これらはいずれもXの意に反するものであったと認められる上、XはY2の指示を仰ぎながら業務を履行しており、Y2はXに優越する関係にあったものというべきであるから、Y2の上記言動は原告に対するセクハラ行為ないしパワハラ行為に当たり、Xに対する不法行為に当たる。
(3) Xは、Y1社から、同社HPに掲載する記事を執筆する業務や同社専属のウェブ運用責任者としてHPを制作・運用する業務等を委託され、Y2の指示を仰ぎながらこれらの業務を遂行していたのであり、実質的には、Y1社の指揮監督の下でY1社に労務を提供する立場にあったものと認められるから、Y1社は、Xに対し、Xがその生命、身体等の安全を確保しつつ労務を提供することができるよう必要な配慮をすべき信義則上の義務を負っていたものというべきである。Y1社は、代表者Y2自身による上記セクハラ・パワハラ行為により上記義務に違反したものと認められ、Xに対し債務不履行責任を負う。

国・人事院(経産省職員)事件(R5.7.11最三小判)

【事実】
Ⅰ 国家公務員(経産省職員)であるX(原告・控訴人=被控訴人・上告人)は、生物学的な性別は男性であるが、幼少の頃からこのことに強い違和感を抱き、平成10年頃から女性ホルモンの投与を受けていた。Xは、同11年頃には性同一性障害である旨の医師の診断を受け、同20年頃から女性として私生活を送るようになった。また、Xは、平成22年3月頃までには、血液中における男性ホルモンの量が同年代の男性の基準値の下限を大きく下回り、性衝動に基づく性暴力の可能性が低いと判断される旨の医師の診断を受けていた。Xは、健康上の理由から性別適合手術を受けていない。
Ⅱ Xは、平成21年7月、上司に対し、自らの性同一性障害について伝え、同年10月、経済産業省の担当職員に対し、女性の服装での勤務や女性トイレの使用等についての要望を伝えた。経産省は、Xの了承を経て開いたXの性同一性障害についての説明会(本件説明会)でのやり取りを踏まえ、Xに対し、その執務室がある階の上下の階の女性トイレの使用を認めず、それ以外の階の女性トイレの使用を認める旨の処遇(本件処遇)を実施することとした。
Ⅲ Xは、平成25年12月、人事院に対し、国家公務員法86条に基づき、職場の女性トイレを自由に使用させることを含め原則として女性職員と同等の処遇を行うこと等を内容とする措置要求をした。人事院は、同27年5月、いずれの要求も認められない旨の判定(本件判定)をした。Xは、Y(国。被告・被控訴人=控訴人、被上告人)を相手に、本件判定の取消し等を求める訴訟を提起した。
Ⅳ 第一審判決(東京地判令和元・12・12労判1223号52頁)は、本件判定のうちトイレ使用に関する部分を裁量権の逸脱・濫用として取り消し、原審判決(東京高判令和3・5・27労判1254号5頁)は、同判定は違法であるとはいえないとして同部分の取消請求を棄却した。これに対し、Xが上告した。

【判旨】原判決中トイレ使用に関する部分を破棄。同部分のYの控訴を棄却。
Ⅰ 国家公務員法86条に基づく行政措置の要求に対する人事院の判定において、その判断は人事院の裁量に委ねられているものと解されるが、その裁量権の範囲の逸脱・濫用したと認められる場合には違法となる。
Ⅱ 本件処遇は、経済産業省において、庁舎内のトイレの使用に関し、Xを含む職員の服務環境の適正を確保する見地からの調整を図ろうとしたものである。
Xは、性同一性障害である旨の医師の診断を受けており、本件処遇の下において、自認する性別と異なる男性用のトイレを使用するか、本件執務階から離れた階の女性トイレ等を使用せざるを得ないのであり、日常的に相応の不利益を受けている。Xは、健康上の理由から性別適合手術を受けていないものの、女性ホルモンの投与を受けるなどし、性衝動に基づく性暴力の可能性は低い旨の医師の診断も受けている。現に、Xが本件説明会の後、女性の服装等で勤務し、本件執務階から2階以上離れた階の女性トイレを使用するようになっ たことでトラブルが生じたことはない。また、本件説明会では、Xの執務階での女性トイレの使用について、担当職員から数名の女性職員が違和感を抱いているように見えたにとどまり、明確に異を唱える職員がいたことはうかがわれない。さらに、本件説明会から本件判定に至るまでの約4年10か月の間に、Xの女性トイレの使用につき、特段の配慮をすべき他の職員の存在についての調査が改めて行われ、本件処遇の見直しが検討されたこともうかがわれない。
Ⅲ 以上によれば、遅くとも本件判定時においては、Xが庁舎内で女性トイレを自由に使用することでトラブルが生ずることは想定し難く、特段の配慮をすべき他の職員の存在が確認されてもいなかったのであり、Xに対し、本件処遇による上記不利益を甘受させるだけの具体的な事情は見当たらなかったというべきである。そうすると、本件判定部分に係る人事院の判断は、本件の具体的な事情を踏まえることなく他の職員に対する配慮を過度に重視し、Xの不利益を不当に軽視するものであって、関係者の公平並びにXを含む職員の能率の発揮・増進の見地から判断しなかったものとして、著しく妥当性を欠いたものといわざるを得ない。したがって、本件判定部分は、裁量権の範囲を逸脱しこれを濫用したものとして違法となるというべきである。

〔本判決には、宇賀克也判事、長嶺安政判事、渡邉惠理子判事、林道晴判事、今崎幸彦判事の各補足意見がある。〕

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