裁判例

5.賃金

5-2 「割増賃金不払い」に関する具体的な裁判例の骨子と基本的な方向性

基本的な方向性

(1) 割増賃金請求の場合、要件事実の立証責任は労働者側にありますが、労働者側の証拠が不十分でも、使用者が労働者の労働時間を適正に把握する責務を果たしていないことが考慮され、タイムカード等の明確な証拠がない場合であっても、労働者が作成して使用者に提出する書面(出勤簿、業務日誌等)や個人的な日誌、手帳等によって、一応の立証がされたものとし、使用者側が有効かつ適切な反証をしなければ、労働者の請求が認容されることがあります。
(2) 時間外労働手当に代えて一定額を支払うという定額残業制は、労働基準法所定の計算方法による額以上の金額を支払っていれば、同法37条に違反しませんが、同法所定の計算方法によらない場合は、割増賃金として法所定の額が支払われていることを明確にするために、割増賃金相当部分とそれ以外の賃金部分とを明確に区別することを要します。法定休日労働の割増賃金相当分、深夜労働の割増賃金相当分についても同じです。また、定額残業制によってまかなわれる残業時間数等を超えて残業等が行われた場合には、その差額を別途支払う必要があります。

京都銀行事件(H13.06.28大阪高判)

【事案の概要】
(1) Y銀行の元従業員Xが、始業時刻前の準備作業、朝礼、融得会議、昼の休憩時間、終業後の残業等について、時間外勤務手当の未払分等の支払を求めて提訴したもの。
(2) 京都地裁はいずれの請求も棄却したが、大阪高裁は、昼の休憩時間を除き労働時間性が肯定し、Xの控訴を一部認容した。
【判示の骨子】
(1) A支店においては、男子行員のほとんどが8時過ぎ頃までに出勤していたこと、金庫の開扉は、B支店長時代には8時15分以前になされ、C支店長時代になってもその時刻ころにはなされていたと推認されること、このような運用は、Y銀行の支店において特殊なものではなかったこと、また、A支店において開かれていた融得会議については、男子行員は事実上出席が義務付けられている会議と理解できることなどを総合すると、Y銀行A支店において、午前8時15分から始業時刻までの間の勤務については、Y銀行の黙示の指示による労働時間と評価でき、原則として時間外勤務に該当すると認められる。
(2) Xは、勤務先には午前8時過ぎ頃までに出勤することを常としていたことが認められるから、手帳に記載のあるなしにかかわらず、上記基準に従い、午前8時15分までには出勤して勤務に従事していたと推認するのが相当である。

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小里機材事件 (S62.01.30東京地判 S63.7.14最一小判)

【事案の概要】
(1) Y社は、従業員Xについて、月15時間の時間外労働に対する割増賃金を基本給に加算して同人の基本給とするとの合意がされていることを理由にして、午後7時を超えて勤務した場合のみ、割増賃金を支払ったところ、Xは、午後5時から7時までの時間外労働に対する割増賃金の支払いを求めて提訴したもの。
(2) 東京地裁の判断は、判示の骨子のとおりであり、東京高裁判決でも是認され、最高裁でも正当として是認することができるとされた。
【判示の骨子】
(1) 割増賃金の計算にあたり、仮に、月15時間の時間外労働に対する割増賃金が基本給に含まれるという合意がなされたとしても、基本給のうち時間外労働手当に当たる部分を明確に区別して合意し、かつ、労働基準法所定の計算方法による額がその額を上回るときはその差額を当該賃金の支払期に支払うことを合意した場合にのみ、その予定時間外労働手当(固定残業手当)分を当該月の時間外労働手当の全部又は一部とすることができる。
(2) Xの基本給が上昇する都度予定割増賃金分が明確に区分されて合意がされた旨の主張立証も、労基法所定の計算方法による額がその額を上回るときはその差額を当該賃金の支払期に支払うことが合意されていた旨の主張立証もない本件においては、Y社の主張は採用できない。
よって、Xの時間外労働に対する割増賃金は、基本給の全額及び各手当の額を計算の基礎として時間外労働の全時間数に対して支払わなければならない。

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高知県観光事件 (H06.06.13最二小判)

【事案の概要】
(1) Y社でタクシー乗務員として勤務してきたXらは、隔日勤務で、勤務時間が午前8時から翌日午前2時(そのうち2時間は休憩時間)である一方、賃金は完全歩合給のみであったことから、Y社に対し、午前2時以降の時間外労働及び午後10時から午前5時までの深夜労働の割増賃金等の支払いを求め提訴したもの。
(2) 最高裁は、Xらの時間外及び深夜の労働の割増賃金を支払う義務があるとした。
【判示の骨子】
本件請求期間にXらに支給された歩合給の額が、Xらが時間外及び深夜の労働を行った場合においても増額されるものではなく、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分とを判別することもできないものであったことからして、この歩合給の支給によって、Xらに対して労基法37条の規定する時間外及び深夜の割増賃金が支払われたとすることは困難であり、本件請求期間におけるXらの時間外及び深夜の労働について、法令の規定に従って計算した額の割増賃金を支払う義務がある。

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テックジャパン事件 (H24.03.08最一小判)

【事案の概要】
(1) 人材派遣会社Yの派遣労働者Xが、基本給を月額41万円とし、月間総労働時間が180時間を超えた場合にはその超えた時間について1時間当たり一定額を別途支払うなどの約定のある雇用契約の下において、法定の労働時間を超える時間外労働については、月間総労働時間が180時間を超えなくても時間外手当を支払うべきとして、その支払いを求めて提訴したもの。
(2) 東京高裁は、月間180時間以内の労働時間中の時間外労働に対する手当の請求権をその自由意思により放棄したものとみることができる、として180時間を超えない月の請求について棄却した。最高裁第一小法廷は、基本給の一部が時間外労働に対する賃金である旨の合意がされたものということはできず、月間180時間以内の月の時間外労働に対する時間外手当の請求権を放棄したとはいえないことから、割増賃金を支払う義務を負うとして、具体額と付加金について改めて審理するよう高裁に差し戻した。
【判示の骨子】
(1) 約定によれば、月間180時間以内の労働時間中の時間外労働がされても、基本給自体の金額が増額されることはない。
また、上記約定においては、月額41万円の全体が基本給とされており、その一部が他の部分と区別されて時間外の割増賃金とされていたなどの事情はうかがわれない上、上記の割増賃金の対象となる1か月の時間外労働の時間は、月によって勤務すべき日数が異なること等により相当大きく変動し得るものである。そうすると、月額41万円の基本給について、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外の割増賃金に当たる部分とを判別することはできないものというべきである。
(2) これらによれば、Xが時間外労働をした場合に、月額41万円の基本給の支払を受けたとしても、その支払によって、月間180時間以内の労働時間中の時間外労働について割増賃金が支払われたとすることはできないというべきであり、Y社は、Xに対し、月間180時間を超える労働時間中の時間外労働のみならず、月間180時間以内の労働時間中の時間外労働についても、月額41万円の基本給とは別に、労基法37条1項の規定する割増賃金を支払う義務を負うものと解される。

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医療法人康心会事件(H29.07.07最二小判)

【事案の概要】
(1) 医療法人Yを6か月で解雇された医師Xが、解雇の無効確認と時間外・深夜労働に対する割増賃金の支払を求めたもの。解雇については最高裁まで一貫して有効と判断されたが、割増賃金については、見解が分かれた。
(2) Xは、年俸1700万円で雇用され、内訳は、月額賃金が120万1000円(本給86万円、諸手当合計34万1000円)、賞与が年間で本給の3か月相当分と、初月のみ初月調整8000円が加算されていた。
週5日の勤務とし、1日の所定勤務時間は午前8時30分から午後5時30分まで(休憩1時間)を基本とするが、業務上の必要がある場合には、これ以外の時間帯でも勤務しなければならず、その場合における時間外勤務に対する給与は「医師時間外勤務給与規程」(「時間外規程」)の定めによることが雇用契約書に記載されていた。この時間外規程は、①時間外手当の対象となる業務は、原則として、病院収入に直接貢献する業務又は必要不可欠な緊急業務に限ること、②医師の時間外勤務に対する給与は、緊急業務における実働時間を対象として、管理責任者の認定によって支給すること、③時間外手当の対象となる時間は、勤務日の午後9時から翌日の午前8時30分までの間及び休日に発生する緊急業務に要した時間とすること、④通常業務の延長とみなされる時間外業務は、時間外手当の対象とならないこと、⑤当直・日直の医師に対し、別に定める当直・日直手当を支給することなどを定めていた。
このように、この雇用契約では、時間外規程に基づき支払われるもの以外の時間外労働等に対する割増賃金は、年俸1700万円に含まれることが合意されているが、他方、この年俸のうち時間外労働等に対する割増賃金にあたる部分が明らかにされてはいなかった。
(3) 最高裁は、年俸制でその年俸のなかに時間外等の割増賃金が含まれるとの合意が有効に成立しているとした東京高裁判決を破棄して、原審に差し戻した。
【判示の骨子】
(1) 使用者が労働者に対して労基法37 条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するためには、割増賃金として支払われた金額が、通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として、労基法37 条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討することになるが、割増賃金をあらかじめ基本給等に含める方法で支払う場合においては、上記の検討の前提として、労働契約における基本給等の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要であり,上記割増賃金に当たる部分の金額が法に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回るときは、使用者がその差額を労働者に支払う義務を負うというべきである。
(2) XとYとの間においては,本件時間外規程に基づき支払われるもの以外の時間外労働等に対する割増賃金を年俸1700万円に含める旨の本件合意がされていたものの、このうち時間外労働等に対する割増賃金に当たる部分は明らかにされていなかった。
そうすると,本件合意によっては、X に支払われた賃金のうち時間外労働等に対する割増賃金として支払われた金額を確定することすらできないのであり、Xに支払われた年俸について、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することはできない。
(3) したがって,Y のX に対する年俸の支払により、X の時間外労働及び深夜労働に対する割増賃金が支払われたということはできない。

日本ケミカル事件(H30.7.19最一小判)

【事案の概要】
(1) 保険調剤薬局を営むY社に勤務していた薬剤師Xが、Y社が固定残業代として支払っている業務手当は、みなし時間外手当の要件を満たさないから無効であるなどとして、時間外労働等に対する未払い賃金等の支払いを求めて提訴したもの。
(2) XとY社間の雇用契約書には、賃金について「月額562,500円(残業手当含む)」、「給与明細書表示(月額給与461,500円 業務手当101,000円)」との記載、②採用条件確認書には、「月額給与 461,500」、「業務手当 101,000みなし時間外手当」、「時間外手当は、みなし残業時間を超えた場合はこの限りではない」等との記載、③Y社の賃金規程には、「業務手当は、一賃金支払い期において時間外労働があったものとみなして、時間手当の代わりとして支給する」との記載があった。
(3) 原審(H29.2.1東京高判)は、定額残業代の支払を法定の時間外手当の支払とみなすことができるのは、①定額残業代を上回る金額の時間外手当が法律上発生した場合にその事実を労働者が認識して直ちに支払を請求することができる仕組みが備わっており、それが雇用主により誠実に実行されているほか、②基本給と定額残業代の金額のバランスが適切であり、③その他法定の時間外手当の不払や長時間労働による健康状態の悪化など労働者の福祉を損なう出来事の温床となる要因がない場合に限られるとの解釈を示した上で、本件では、①業務手当が何時間分の時間外手当に当たるのかがXに伝えられていないこと、②業務手当を上回る時間外手当が発生しているか否かをXが認識することができないことから、業務手当の支払を法定の時間外手当の支払とみなすことはできないとして、Xの請求を認容した。このため、Y社が上告したものである。最高裁は、原審の判断は是認できないとして、Y社敗訴部分を破棄し、差戻しを命じた。
【判示の骨子】
(1) ①労基法37条は、同条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまるものと解され,労働者に支払われる基本給や諸手当にあらかじめ含めることにより割増賃金を支払うという方法自体が直ちに同条に反するものではないこと、②使用者は,労働者に対し,雇用契約に基づき,時間外労働等に対する対価として定額の手当を支払うことにより,同条の割増賃金の全部又は一部を支払うことができる。
(2) 雇用契約においてある手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かは,雇用契約書等の記載内容のほか,具体的事案に応じ,使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容,労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきである。
(3) ①本件雇用契約書及び採用条件確認書並びに賃金規程において,業務手当が時間外労働に対する対価として支払われる旨が記載されていたこと、X以外の各従業員との間で作成された確認書にも同様の記載がされていたことから,Y社の賃金体系においては,業務手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものと位置付けられていたということができること、②業務手当(約28時間分の時間外労働に対する割増賃金相当)は,実際の時間外労働等の状況と大きくかい離するものではないことから,Xに支払われた業務手当は,時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていたと認められる。

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