裁判例

7.退職

7-1 「辞職」に関する具体的な裁判例の骨子と基本的な方向性

基本的な方向性

(1) 従業員が辞めるという意思を表明し、会社の権限ある者がこれを承諾することにより、合意解約が成立しますが、承諾する前なら、退職の意思を撤回できます。なお、退職届を撤回することにより、相手方に不測の損害を与える場合には、信義則に反し許されません。
(2) 「真意ではない」「錯誤による」「(懲戒されることはないのに、されるかの如くに)脅されたことによる」退職の申し出は無効となります。
(3) 2週間を超える解約予告期間の設定、退職許可制いずれも退職の自由を制限するので無効となります。
(4) 退職の仕方や手続き等によっては、損害賠償責任が生じることがあります。
  1. ⅰ) 入社直後の突然の退職により被った損害(賠償額70万円)、
  2. ⅱ) 労働者負担分の社会保険料の立替金(賠償額31万円)、
  3. ⅲ) 退職諸手続遅延により生じた、転職先で支払われるはずの給与と実際の給与との差額分、
  4. ⅳ) 会社都合を自己都合と処理したことによる退職金の差額分の支払いなど)。

ケイズインターナショナル事件(H04.09.30東京地判)

【事案の概要】
(1) Y社は、A社と結んだ期間3年のビルインテリアデザイン契約を履行するため、常駐担当者Xを新たに採用し配置した。ところが、Xが、入社間もなく病気を理由に欠勤し辞職したことから、A社との契約は解約された。そこでYは、1,000万円の得べかりし利益を失ったとして、Xと交渉の上、月末までに200万円を支払う旨の念書を取り付けた。しかし、これが履行されなかったため、その履行を求めて提訴したもの。
(2) 東京地裁は、ⅰ)経費を差し引けば実損額はそれほど多額ではないこと、ⅱ)労務管理に欠ける点があったこと、ⅲ)Xの対応にも問題があることなどを勘案し、3分の1の70万円と5分の遅延損害金の支払いを命じたもの。なお、判決は、確定した。
【判示の骨子】
(1) 得べかりし利益は1,000万円であっても給与や経費を差し引けば実損額はそれほど多額にはならない、
(2) 紹介者の言を信じたのみでXの人物、能力等をほとんど調査しないなど採用に当って、Y社側にも不手際があった、
(3) 期間の定めのない雇用契約は一定期間を置けばいつでも解約できることから月給者であるXに雇用契約上の債務不履行を問えるのは当月月末までであること、
(4) XがYに、根拠のない非難を繰り返すのみで、話し合いによる解決をかたくなに拒絶していること等を総考慮すると、200万円の約3分の1の70万円に5分の遅延損害金の支払いを命じる。

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大隈鐵工所事件(S62.09.18最三小判)

【事案の概要】
(1) 大学在学中にM政治団体に加盟していたことを隠したままY社に就職したXは、同期入社のAとともにY社内で当該団体の非公然活動を行ってきたが、Aの失踪事件に関してB人事部長から事情を聴かれ、Bの慰留を断ったうえ、Bに退職願を提出した。しかし、思い直して、翌日、C人事課長にその撤回を申し出たが容れられなかったことから、従業員の地位の確認を求めて提訴したもの。
(2) 最高裁は、東京高裁の「雇用契約の合意解約申込を承諾するとの意思表示がないうちに撤回したものであり、退職が承認されたとはいえない」旨の判断を破棄し、差し戻した。
【判示の骨子】
(1) 雇用契約の合意解約申込みに使用者が承諾を与える方法は、就業規則等に特段の定めがない限り、辞令書の交付等一定の方式によらなければならないというものではない。
(2) 新規採用は、その者の技能・性格等が不明な中にあって会社に有用と思われる人物を選択するものであるから、複数で面接するものであり、退職願の承認は当該者の能力等を掌握し得る立場にある人事部長に単独で決定する権限を与えることはなんら不合理ではない。
(3) Bが退職願を受理したことでYが即時に承諾の意思を表示したものと解するのがむしろ当然である。

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