裁判例

8.労働条件の引き下げ

8-1 「労働条件の引き下げ」に関する具体的な裁判例の骨子と基本的な方向性

基本的な方向性

(1) 労働条件の不利益変更は、労働者の同意を得て行うことができますが、その同意の有無の判断については、慎重に行わなければならないことがあります。
(2) その不利益変更を受け入れる旨の労働者の行為があるとしても、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がなされるに至った経緯、当該行為に先立つ労働者への情報提供または説明等の内容に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいて為されたものと認めるに足りる合理的理由が客観的に存在するか否かとの観点からも判断されるべきものとされました。

大曲市農協事件 (S63.02.16最三小判)

【事案の概要】
(1) 合併後の農協Yにおいて新たに作成・適用された就業規則上の退職給与規程が、合併前の農協の従前の退職給与規程より不利益なものとなったことから、合併前より勤続していた退職労働者Xらが従前の退職金との差額を請求したもの。
(2) 本件就業規則変更の効力について、秋田地裁大曲支部においては合理性を認めたが、仙台高裁秋田支部においてはこれを認めなかった。最高裁は、就業規則の変更は有効として、Xらの請求を認めなかった。

【判示の骨子】
(1) 新たな就業規則の作成又は変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課すことは、原則として許されないが、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されない。
(2) 当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものであることをいう。特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を従業員に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずる。
(3) 新規程への変更によってXらが被った不利益の程度、変更の必要性の高さ、その内容、及び関連するその他の労働条件の改善状況に照らすと、本件における新規程への変更は、それによってXらが被った不利益を考慮しても、なおY組合の労使関係においてその法的規範性を是認できるだけの合理性を有し、Xらに対しても効力を生ずる。

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第四銀行事件 (H09.02.28最二小判)

【事案の概要】
(1) Y銀行と労働組合との間で、定年を55歳から60 歳に延長するかわりに給与等の減額、特別融資制度の新設等を内容とする労働協約が締結され、それに基づく就業規則の変更により、55 歳以後の年間賃金は54 歳時の6 割台に減額となり、従来の55 歳から58 歳までの賃金総額が新定年制の下での55 歳から60 歳までの賃金総額と同程度となったため、60歳で定年退職した従業員Xが、就業規則の変更は無効であるなどとして、賃金の差額の支払いを求めたもの。
(2) 新潟地裁、東京高裁ともXの請求を棄却し、最高裁も、就業規則変更の効力を認め、Xの訴えを棄却した

【判示の骨子】
(1) 就業規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることをいう。
(2) 合理性の有無は、具体的には、就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきである。
(3) 本件変更の合理性につき、前示の諸事情に照らし検討するに、Y銀行において就業規則による一体的な変更を図ることの必要性及び相当性を是認することができ、本件定年制導入に伴う就業規則の変更は、Xに対しても効力を生ずる。

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みちのく銀行事件(H12.9.7最一小判)

【事案の概要】
(1) Y銀行が、賃金制度の2度にわたる見直しを行う際に、多数組合(従業員の73%が加入)の同意は得たが、少数組合の同意を得ないまま実施した就業規則の変更により、少数組合の組合員であった従業員Xらは、専任職発令が出され、管理職の肩書を失うとともに、賃金が減額されたため、就業規則の変更は、同意をしていないXらには効力が及ばないとして、専任職への辞令及び専任職としての給与辞令の各発令の無効確認、従前の賃金支払を受ける労働契約上の地位にあることの確認並びに差額賃金の支払を請求したもの。
(2) 青森地裁は就業規則変更の効力を否定し、仙台高裁はその効力を認めた。最高裁は、就業規則変更の効力を認めず、破棄差戻とした。

【判示の骨子】
(1) 本件における賃金体系の変更は、短期的にみれば、特定の層の行員にのみ賃金コスト抑制の負担を負わせているものといわざるを得ず、その負担の程度も大幅な不利益を生じさせるものであり、それらの者は中堅層の労働条件の改善などといった利益を受けないまま退職の時期を迎えることとなるのである。
(2) 就業規則の変更によってこのような制度の改正を行う場合には、一方的に不利益を受ける労働者について不利益性を緩和するなどの経過措置を設けることによる適切な救済を併せ図るべきであり、それがないままに右労働者に大きな不利益のみを受忍させることには、相当性がない。

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朝日火災海上(石堂・本訴)事件 (H09.03.27最一小判)

【事案の概要】
(1) A社鉄道保険部の業務を従業員ごと引き継いだY社は、両者の労働条件の統一について労働組合との交渉を続け、定年年齢(A社出身者は満63歳、それ以外の者は満55歳)について、A社出身者の定年を満57歳とし、退職金の支給基準率を引き下げることを主たる内容とする労働協約を締結したところ、A社出身の組合員であるXが、定年退職の時期は、少なくともXが満63歳に達した日であるとして、労働契約上の権利を有する地位にあること、Xの退職金は、新退職金制度前の規定との差額の支払を受ける権利があることの確認を求めたもの。
(2) 神戸地裁、大阪高裁ともXの請求を認めず、最高裁も、本件労働協約は規範的効力を有するとしてXの請求を退けた。

【判示の骨子】
本件労働協約は、Xの定年及び退職金算定方法を不利益に変更するものであり、これによりXが受ける不利益は決して小さいものではないが、同協約が締結されるに至った経緯、当時のY社の経営状態、同協約に定められた基準の全体としての合理性に照らせば、同協約が特定の又は一部の組合員を殊更不利益に取り扱うことを目的として締結されたなど労働組合の目的を逸脱して締結されたものとはいえず、その規範的効力を否定すべき理由はない。

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山梨県民信用組合事件(H28.02.19最二小判)

【事案の概要】
(1) 経営破綻に伴う経営の危機を他の信用組合に吸収合併をしてもらうことによって存続をする方法をとった消滅した信用組合が、吸収合併の条件として、労働者の退職金の引き下げを要請されたため、退職金を2分の1以下にする内容の退職金一覧表を示され、それに同意を求められた管理職らがやむなくそれに従い、退職金を引き下げる旨の同意書に署名押印をした。
(2) その同意書に署名・押印した管理職であったXら12名が、存続している信用組合に対して、退職金の不利益変更の同意は無効であるとして、存続している信用組合に差額の退職金の支払いを求めた。
(3) 第一審(平24・9・6甲府地判)、控訴審判決(平25・8・29東京高判)は、退職金一覧表の提示を受けて、合併後に残った場合の退職金額の具体的な提示と計算方法を具体的に知った上で、退職金を引き下げる旨の同意書に署名押印したのであり、不利益変更に同意したとしてXらの請求を棄却した。
(4) 本件判決は、控訴審判決は審理不尽で法令の適用を誤った違法があるとして、原審に破棄差戻しした。
【判示の骨子】
(1) 使用者が提示した労働条件の変更が賃金や退職金に関するものである場合には、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為があるとしても、労働者が使用者に雇用されてその指揮命令に服すべき立場に置かれており、自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば、当該行為をもって直ちに労働者の同意があったものとみるのは相当ではなく、当該変更に対する労働者の同意の有無についての判断は慎重にされるべきである。
(2) そうすると、就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無は、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきものと解するのが相当である。
(3) 本件基準変更による不利益の内容等及び同意書への署名押印に至った経緯等を踏まえると、管理職Xらが本件基準変更への同意をするか否かについて自ら検討し判断するための必要十分な情報を与えられていたというためには、同人らに対し、旧規定の支給基準を変更する必要性等についての情報提供や説明がされるだけでは足りず、自己都合退職の場合には支給される退職金額が0円となる可能性が高くなることや、Y組合の従前からの職員にかかる支給基準との関係でも上記の同意書案の記載と異なり著しく均衡を欠く結果となることなど、本件基準変更により管理職Xらに対する退職金の支給につき生ずる具体的な不利益の内容や程度についても、情報提供や説明がされる必要があったというべきである。
(4) 原審は・・・本件同意書の内容を理解した上でこれに署名押印したことをもって、本件基準変更に対する同意があったとしており、その判断に当たり、本件基準変更による不利益の内容等及び本件同意書への署名押印に至った経緯等について十分に考慮せず、その結果、その署名押印に先立つ同人らの情報提供等に関しても、職員説明会で本件基準変更の退職金額の計算方法の説明がされたことや、普通退職であることを前提として退職金額を記載した本件退職金一覧表の提示があったことなどを認定したにとどまり、上記(3)のような点に関する情報提供や説明がされたか否かについての十分な認定、考慮をしていない。

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九州惣菜事件(H29.09.07福岡高判)

【事案の概要】
(1) 高齢者雇用安定法に基づき定年後の雇用継続制度を設けているY社で、定年に達したフルタイムの無期雇用労働者Xが、短時間労働者として賃金を大幅に減額する再雇用条件を提示されたことについて、再雇用の機会を不当に侵害し不法行為に当たるとして損害賠償を求め提訴したもの。
(2) 福岡高裁は、継続雇用制度の導入の趣旨に反し、裁量権を逸脱又は濫用したものであり、不法行為が成立する、と判示した。
【判示の骨子】
(1) 再雇用について、極めて不合理であって、高年齢労働者の希望・期待に著しく反し、到底受け入れならないような労働条件を提示する行為は、高年法9条1項に基づく継続雇用制度の導入の趣旨に違反した違法性を有し、65歳までの安定的雇用を享受できる法的保護に値する利益を侵害する不法行為となり得る。
(2) 継続雇用制度(高年法9条1項2号)は、高年齢者の65歳までの「安定した」雇用を確保するための措置の一つであり、「当該定年の引上げ」(同1号)及び「当該定年の定めの廃止」(同3号)に準じる程度に、定年の前後における労働条件の継続性・連続性が一定程度、確保されることが前提ないし原則となると解するのが相当。
(3) 労働契約法20条の趣旨に照らしても、再雇用を機に有期労働契約に転換した場合に、再雇用後の労働条件と定年退職前の労働条件との間に不合理な相違が生じることは許されないものと解される。
(4) 本件提案の条件による月額賃金は8万6400円となり、定年前の賃金の約25%に過ぎず、定年退職前の労働条件との継続性・連続性を一定程度確保するものとは到底いえない。
(5) 以上によれば、本件は、継続雇用制度の導入の趣旨に反し、裁量権を逸脱又は濫用したものであり、違法性があるものといわざるを得ず、Xに対する不法行為が成立する。
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