裁判例

5.賃金

5-5 「退職金不払い」に関する具体的な裁判例の骨子と基本的な方向性

基本的な方向性

(1) 退職金は、就業規則や労働協約により支給条件が明確に定められている場合、労働基準法11条の「労働の対償」としての賃金に該当します。その法的性格は、賃金後払い的性格、功労報償的性格、生活保障的性格を併せ持ち、個々の退職金の実態に即して判断することとなります。
(2) 退職金の支給基準において、一定の事由がある場合に退職金の減額や不支給を定めることは認められますが、賃金の後払い的性格及び功労報償的性格を考慮すれば、労働者のそれまでの功績を失わせるほどの重大な背信行為がある場合などに限られます。

小田急電鉄(退職金)事件 (H15.12.11東京高判)

【事案の概要】
(1) 漢撲滅運動に取り組んでいる鉄道会社Yは、職員Xが、痴漢行為により2回逮捕され、執行猶予付き判決を受けた上、余罪も自白したことから、就業規則の懲戒条項に基づき懲戒解雇するとともに、退職金規程の不支給条項により、退職金を支払わなかったところ、Xは、ⅰ)解雇は手続きに瑕疵があり、処分内容も重すぎて無効、ⅱ)勤続20年間の功労を消し去るほどの不信行為には当たらないとして、退職金を全額支払うよう求めて提訴した。
(2) 東京地裁は、懲戒解雇及び退職金の不支給について、いずれも有効としたが、東京高裁は、懲戒解雇は有効とするも、退職金は、Xの行為に相当程度の背信性があったとはいえないことから、全額不支給ではなく、3割を支給すべきであるとした。

【判示の骨子】
(1) 懲戒解雇により退職するものには退職金を支給しないとするような退職金の支給制限規定は、一方で、退職金が功労報償的な性格を有することに由来する。他方、退職金は、賃金の後払い的な性格を有し、従業員の退職後の生活保障という意味合いをも有する。
(2) 本件のように、賃金の後払い的要素の強い退職金について、その退職金全額を不支給とするには、それが当該労働者の永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為があることが必要である。ことに、それが職務外の非違行為である場合には、業務上横領のような犯罪行為に匹敵するような強度な背信性を有することが必要である。このような事情がないにもかかわらず、会社と直接関係のない非違行為を理由に、退職金の全額を不支給とすることは、経済的にみて過酷な処分というべきであり、不利益処分一般に要求される比例原則にも反すると考えられる。
(3) 本件行為は、相当強度な背信性を持つ行為であるとまではいえないから、Y社は、本件条項に基づき、その退職金の全額について、支給を拒むことはできない。他方、会社及び従業員を挙げて痴漢撲滅に取り組んでいるY社にとって、本件行為が相当の不信行為であることは否定できないから、本件がその全額を支給すべき事案であるとは認め難く、本来支給されるべき退職金のうち、3割に相当する額の支給が認められるべきである。

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三晃社事件 (S52.08.09最二小判)

【事案の概要】
(1) 広告代理店Y社を、自己都合退職することとしたXは、今後同業他社に就職した場合には就業規則の定めに従い半額をY社に返還する旨を約して退職金を受け取ったが、同業他社へ入社したことを知ったY社から、支払済み退職金の半額を返還するよう求めて提訴されたもの。
(2) 名古屋地裁は、退職金の半額を没収するのは損害賠償を予定した約定に当たり無効であるとして、Y社の訴えを棄却した。
しかし、名古屋高裁は、従業員の足止め効果を意図したものとはいえ、実質的に損害賠償を予定したものとはいえないとして、原判決を取り消し、最高裁もこれを支持した。

【判示の骨子】
(1) 同業他社への再就職をある程度の期間制限することをもって直ちに社員の職業の自由等を不当に拘束するものとは認められず、Y社が退職金規則で、右制限に反して同業他社に再就職した社員の退職金を一般の自己都合による退職の場合の半額と定めることも、本件退職金が功労報償的な性格を併せ持っていることからすれば、合理性のない措置とはいえない。
(2) こうした退職金の定めは、制限に反する就職をしたことにより勤務中の功労に対する評価が減殺されて、一般の自己都合による退職の場合の半額の限度においてしか退職金の権利が発生しないこととする趣旨であり、この定めは、その退職金が労基法上の賃金にあたるとしても、労基法16条(損害賠償予定の禁止)、24条1項(全額払いの原則)、民法90条(公序良俗)等の規定に違反するものではない。

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